芸術的なカレシ
目覚めは最悪だったけれど、水曜日は仕事に出た。
母親は、起きてきた私の顔を見ると、「おはよう」と言ってコーヒーを出してくれた。
私好みの、薄いコーヒー。
それから、ふかふかのたまごサンド。
たまごサンドを頬張りながら、私はまた泣きそうになるのをぐっと堪えた。
けれども、鼻水がダラダラ溢れてきた。
大きなマスクをして工場に行くと、みんなが心配してくれていた。
当たり前だ。
今まで、風邪で休んだことなんて一度もない私が、2日も休んだのだから。
社長の奥さんが私の代わりに伝票整理をしていてくれたので、それほど仕事は溜まっていなかった。
早く帰って風邪を治しなさいと、早退させられ、仕事をしていた方が気が紛れるのに、お昼で家に帰った。
誰もいないマンションに帰って、また布団へ潜り込む。
静かに停滞する空気の中で、ただ、天井の模様を眺めていた。
すると、目尻にまた涙が溜まってくる。
いったいどうして、こんなに泣けてくるのか。
この涙はどこから来てどこへ行くのだろう、などと、詩人のようなことを考えた。
テレビを見る気にも、音楽を聴く気にもなれない。
心の中が空っぽで、何も入ってこない。
私のどこかが壊れてしまったみたいに、固まってカチカチになってビクとも動かない。
その中で拓との思い出だけが、私の気持ちを悲しい方にだけグンと動かした。