芸術的なカレシ





この家には拓との思い出が沢山ありすぎて、私は固まっているか悲しくなっているかの、どちらかでしかなかった。

この部屋着は拓と一緒に買い物に行った時に買ったものだし。
このスリッパは拓のと色違い。
布団カバーは、拓が選んでくれたもので。
枕カバーは私が選んだのだけど、色が合わないから違うのにしようと拓に言われたのを、無理矢理に押し切って買ったものだ。
本棚には新刊が出るのをいつも楽しみにしていた拓の漫画。
時々眺めていた、拓の美術雑誌。
禁煙を始めた頃、預かってくれと言われたままここに置きっぱなしになっているブリキの灰皿。
クローゼットの中だって、キッチンだって。
バスルームにトイレにですら。
拓の気配がある。


しばらくぼんやりと横になって、さすがに少しお腹が空いてきたので、私は重い足を引きずりキッチンまでヨロヨロと歩いた。
何か物色しようと冷蔵庫を開けたところに、母親が帰ってきた。



「あら、瑞季。
もう帰ってたの?」


両手いっぱいの買い物袋。
今日は早番だったのか。


「夜はすき焼きにしようと思って。
あ、お腹空いてない?
たい焼き買ってきたのよ。
一緒に食べようか」


私に気を使ってか、母の声はいつもよりトーンが高い。


「……うん、食べる」


視線を合わせずにぼそぼそと返事をする。
何だかバツが悪くて、どんな顔をしたらいいのか分からない。
拓とのことも、察しはついているだろうし。

何か聞かれるだろうか。
もし聞かれたら、なにをどう答えたらいいんだろう。





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