芸術的なカレシ
当たり前なのだ。
10年という月日は長すぎた。
私の周りを見渡せば、どこもかしこも拓が染み付いている。
2、3日で忘れられるようなものじゃない。
「……もう少し、考えさせて」
鼻を啜りながらそう小さく呟くと、もちろん、と、母は明るく応えた。
「あなたの人生の分岐点なのよ。
慎重に、けれど前向きに考えなさい」
そう言う母の笑顔は柔らかい。
昔からこの人は、言っていることがキツくても、表情が柔らかく人当たりがいいから、それで随分得しているように見える。
娘の私にもその態度は変わらなくて、凄く合理的な人なのにそうは見えない。
私にも、そんな器用さが少しでもあればいいのに。
そうすればあんな意地の張り方をして、拓と別れてしまうこともなかったのだ。
……はああ。
露骨に大きな溜め息を突くと、母はそれを見てケラケラと口を開けて笑った。
それからちょっと真剣な顔になって、ねえ、瑞季、と、私の名前を呼ぶ。
「あなたのお父さんがどんな人だったのか、知りたい?」
「え?」
すごく、驚いた。
私が敢えて聞かなかったからか、祖父に遠慮してのとなのか、母が私に父親の話をしてくれたことなど、今まで一度もなかったから。
「な、何よ、突然」
思わず、どもってしまう。