芸術的なカレシ
目をつぶり、さっきまで見ていた夢の続きを手繰り寄せる。
夢で見た拓を思うと、胸がきゅんと痛んで、そのドキドキに身を任せる。
ゆらゆら、柔らかくて暖かくて、ぐにゃぐにゃした船に乗っているような気分。
……けれど。
だめだ。
私の頭はしっかり現実に対応してしまっていて、塗りたての鮮烈な赤と、つなぎ姿で刷毛を握る憎たらしい笑顔の拓が、チラチラと脳裏を横切る。
「……あああーー」
「なんだ、瑞季。起きてるんなら、メシ食おうぜ。
オレも、おばさんにコーヒー入れてもらいてぇし」
人の夢世界を邪魔しておいて、呑気にコーヒーだと?
図々しいにも程がある。
「おばさんの入れてくれるコーヒーは、いつも完璧だからな」
けれど、付き合って10年、訳あってウチに同棲していた時期もあって、拓はこの家に馴染みすぎている。
我が家のコーヒーは、酸味が少なく苦味の強い、拓好みの豆に変わっていった。
拓は濃いめに入れたそれに、ほんの少しだけ砂糖を入れる。
本人曰く、苦味が引き立つのだそうだ。
ちなみに、私は苦味も少ない薄いアメリカンが好きなので、その拘りについては、全く理解できないけれど。