芸術的なカレシ
微笑む母の目尻には、深いシワが何本も刻み込まれていた。
いつの間にかこの人も、すごく年を取った。
体のラインもやけに細くなったし、肌や髪にも張りがない。
あまり心配かけるわけにはいかないな、と素直にそう思う。
気丈には振る舞っているけれど、それなりに年老いていく不安もあるだろう。
お見合い、か。
私にもし、結婚するのにいい相手が見付かれば、母の気苦労も少しは減るだろう。
婿養子なら、尚更いい。
勘当同然だったとはいえ、拓は長男。
厳しい家柄だし。
結婚には、確かに向いていないかもしれない。
「……お見合いのこと、よく、考えてみるよ。
前向きに」
そう言った私の言葉に、母は満足げに頷いた。
これからの長い人生、拓とのことでくよくよ生きていくわけにはいかない。
私には心配しくれる人がいるし、応援してくれる人ももちろんいるのだから。
いつまでも失恋ぐらいでグズグズしてたら、申し訳が立たない。
その夜は、二人で豪勢なすき焼きを食べた。
お肉を生卵でツルツルッと食べるうちに、体が温まり力がみなぎってくる。
腹が減っては戦はなんとやら。
美味しいものは、人を幸せにする。
久しぶりに二人でビールも飲んだ。
拓のために買いだめしてあったビールが、まだ冷蔵庫には沢山ある。
このビールを全部飲み干す頃には、私は今よりもっと前を向いているだろう。
今より少し強くなって、今より少し、楽になっているはず。
そう思うと何だか、すごく気持ちが軽くなったような気がした。