芸術的なカレシ
「とにかく、会ってみなさいよ。
会ってから断ったって、あなたには、都合のいい言い訳があるじゃない」
「都合のいい言い訳?」
「そう。
ごめんなさい、やっぱり前の彼が忘れられません、ってね」
「……」
母の合理的な考え方には、本当にいつも絶句させられる。
ていうか、冗談にならないし。
この真面目で実直そうな嶋田光樹くん35才が、あのハチャメチャでやりたい放題の拓を、キレイに忘れさせてくれるとは思っていない。
ただ、そこに心地よい空気があれば、いつかは薄れていくのかもしれないなあ、と、淡い期待を持っているだけ。
拓の代わりなんてどこにもいない。
拓は拓で。
かっこよくていい加減でちょっと意地悪でえええあああああ……
ダメだ。
また泣きそうになる。
「なに、泣いてんの?」
「ワサビがしみたの!」
「あ、そう。
ビール、もう1本、飲む?
母さんも、飲んじゃお!
早く片付けなくちゃ! 冷蔵庫のビール」
そう言って母はおもむろにビールの缶を手に取るけれど、本当はあまりビールは好きじゃないはず。
梅酒のソーダ割りとか、ホットワインとか、いつもそんなのばかり飲んでる。
私のために、ちょっと無理してるのかなあ、なんて、しんみりしちゃう。
……ああ、早く本当に元気にならなくちゃ。
新しいビールのプルタブを開けながら、私は誰にも聞こえないように、そう小さく呟いた。