芸術的なカレシ





約束の10時半が迫った頃。
突っ立っている私の前に、ブウン、と音を立てて真っ赤なボルボが止まった。

ラインでは、目立つ車だからすぐ分かるよって言ってたけど、まさかこのボルボ?
ふわりした嶋田くんのイメージに合わなくて、半信半疑で運転席を覗いてみる。



「おはよう。早いね」


そこで爽やかに笑っていたのは、間違いなく嶋田光樹くん、35才。

うわあ……まさかの赤ボルボ。
しかも古い形の四角いバン。
昔から、拓はこの車に憧れていたのだ。
車には疎い私だけれど、この車だけは何度も雑誌で見せられていた。



「どうぞ」


車から降りて、スマートに助手席を開けてくれる嶋田くん。
スラリとした長身に、細身のデニムがよく似合う。
カジュアルなシャツにダウンベスト。
工場にコピー機の修理に来た時とは違う、黒渕の四角い眼鏡をかけている。
意外や意外。
今日の(というかいつものだけど)私のスタイルにぴったりだ。



「あ、ど、ども」


黒いシートに滑り込む。
うわあ、ツルツルしてる。
かっちりしてるけど、座り心地は悪くない。

拓があまりにもこの車を欲しがるから、私もいつかは助手席に、なんて思っていた。
まさか、他の男の人が運転するのに乗ることがあるなんて、思ってもみなかったな。
ああ、人生って何があるか分からない。






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