芸術的なカレシ






「じゃあ、行こうか」



ブウン。
真っ赤なボルボは軽快に走る。

景色の邪魔にならない程度に、小さな音量で音楽がかかっていた。
洋楽かな。
洋楽は得意分野だけど、これは聴いたことがない。



「駐車場に停めて、少し歩こう。
どこかで昼食を食べて、それから映画館。
その後は少しドライブでもしようか?
それとも、そんな時間はないかな?」



「いえ、大丈夫です」



ああ、そう言えばこんな声だったなあ、と思う。
作業着を着て、コピー機に腕を突っ込んでいた嶋田くんと今日の彼とはやっぱり違うけれど。
もしかしたらこのまったりした空気を醸し出しているのは、この独特な声のトーンなのかもしれないな。

ちらり、と嶋田くんに視線を動かしてみる。
真っ直ぐな横顔。
眼鏡がすごく似合っている。

助手席と運転席って、こうしてみると案外近い。
手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。
キスだって不意をつかれたら受け入れてしまうだろうな。
って、多分そんなことはしないだろうけど。



「映画は決めてあるんだ。
長谷部監督の、最新作」



「あっ! 私も観たいと思ってました!」



「よかった。
実は、ちゃんと、前売りを二枚、買ってある」



隣で笑う嶋田くんは、営業スマイルではない。
目の奥がキラキラした、本物の笑顔。
案外、楽しんでくれてるのかもしれないなあと、ちょっと安心する。














< 92 / 175 >

この作品をシェア

pagetop