芸術的なカレシ
「僕はあのシリーズ観たことないんだけど。
面白いのかな?」
「そうでもないですよ。
やかましいだけで」
「あ、観たの?」
「……あ、はい」
観たというか観せられたというか……
「まだこっちの方が空いてるね。
行こうか。
開演までもう少しあるけど、早めに並んだ方が良さそうだ」
「あっ……」
手のひらに暖かい感触があったかと思うと、嶋田くんは早足で歩き出した。
手を引かれて、私も足早になる。
う、わあ。
突然のことでよくわからないけれど、私達、手を繋いでる?
スイスイと人混みを抜けて行く嶋田くんの背中。
あわ、あわ、あわ。
嶋田くんのスピードに着いていくのがやっとで、思考が止まる。
こんな強引な一面があるなんて、意外だ。
お見合い写真の中の、嶋田光樹くん35才を思い浮かべる。
「あっ……」
どん。
お見合い写真の映像を浮かべた途端、誰かにぶつかってしまった。
大きな背中。
黒いダウン。
「すみませ……」
最後まで言う前に、嶋田くんのスピードは私の言葉を置いてけぼりにする。
私の視線は、ぶつかった相手の顔をほんの一瞬だけ捉えた。
……たった一瞬。
その言葉の通り、一度、瞬きをする間。
「……拓」
けれど、私は絶対にこの顔を見間違えることはない。