芸術的なカレシ
「ごめん、ちょっと強引だったかな」
やっと、嶋田くんの足が止まって。
開演待ちの最後尾、私達は手を繋いだまま立っている。
「あ、ごめん、はぐれるといけないと思って」
私があまりに呆然としているからか、嶋田くんは慌てて繋いだ手を離した。
手のひらの温もりが、名残もなく消える。
……拓が、いた。
間違いない。
私が拓を見間違うはずがない。
黒いダウン。
あれは、一昨年の冬に色違いで買ったものだ。
着古したデニム。
冬でもコンバースのスニーカー。
全部が全部、拓だった。
そして隣には、白いコート。
一瞬で顔までは分からなかったけれど、あれは紅に違いない。
寄り添うように、拓の腕に指を絡ませていた。
まるで恋人同士みたいに。
……まるで?
いや、もう、まるでじゃないのかもしれない。
二人は、もう。
だって、今日は……
「どうした? 瑞季ちゃん」
高いところで、私を呼ぶ声がする。
ああ、そうか。
私は嶋田くんと映画に来ていて。
それで、だから……
「具合悪い?」
肩に微かな人のぬくもり。
けれど、そう、これは。
拓のではない。
「……あ、えっと……」
整理ができない。
かろうじて声は出るけれど。
足元がぐらぐらする。
ゆらゆらと崩れていく。
拓が紅と一緒に居るというだけで。
私の世界は……
こんなにも不安定。