芸術的なカレシ
視界が少しずつ歪んでくる。
胸が苦しい。
呼吸が荒くなる。
早く歩いたせいか。
それとも……
フラッシュバックする。
拓の、少し驚いた顔と、黒いダウン。
そして、白いコートに、細い指。
ああ、ダメだ。
鼻の奥が痛い。
「ちょっと、私……」
言いかけたところで、また手が触れられる。
「少し休んだ方がいい。
何か温かいものを飲もう」
包み込むように優しく。
嶋田くんの手は、こんな私にも、温かい。
今度はゆっくりと、嶋田くんが私の手をひいてくれる。
人混みを離れて、自動販売機のある休憩スペースに来た。
ちょうど席が一つ空いて、滑り込むようにそこ座る。
嶋田くんが飲み物を買いに行っても、拓と紅がどこかに居ないか、私は気が気じゃない。
あそこに立っていたといことは、今からの開演に並んでいたという可能性が高い。
アクション映画の開演時間を待って、早めにここを立ち去るのがよさそうだ。
「温かいお茶でよかったかな?
それともミルクティーにする?」
嶋田くんが、グリーンのお茶缶と、クリーム色のミルクティー缶を持って戻って来た。
甘いものとそうじゃないもの。
私がちゃんと選択できるように、気を使ってくれたんだ。
「じゃあ、ミルクティーを……」
嶋田くんの手からクリーム色のそれを受け取ると、温かくて優しくて、胸がツーンと苦しくなる。