芸術的なカレシ






視界が少しずつ歪んでくる。

胸が苦しい。
呼吸が荒くなる。

早く歩いたせいか。
それとも……


フラッシュバックする。
拓の、少し驚いた顔と、黒いダウン。
そして、白いコートに、細い指。


ああ、ダメだ。
鼻の奥が痛い。



「ちょっと、私……」



言いかけたところで、また手が触れられる。



「少し休んだ方がいい。
何か温かいものを飲もう」



包み込むように優しく。
嶋田くんの手は、こんな私にも、温かい。


今度はゆっくりと、嶋田くんが私の手をひいてくれる。
人混みを離れて、自動販売機のある休憩スペースに来た。
ちょうど席が一つ空いて、滑り込むようにそこ座る。
嶋田くんが飲み物を買いに行っても、拓と紅がどこかに居ないか、私は気が気じゃない。

あそこに立っていたといことは、今からの開演に並んでいたという可能性が高い。
アクション映画の開演時間を待って、早めにここを立ち去るのがよさそうだ。



「温かいお茶でよかったかな?
それともミルクティーにする?」


嶋田くんが、グリーンのお茶缶と、クリーム色のミルクティー缶を持って戻って来た。

甘いものとそうじゃないもの。
私がちゃんと選択できるように、気を使ってくれたんだ。



「じゃあ、ミルクティーを……」


嶋田くんの手からクリーム色のそれを受け取ると、温かくて優しくて、胸がツーンと苦しくなる。



















< 97 / 175 >

この作品をシェア

pagetop