芸術的なカレシ
外の冷気を遮断して、ボルボの中は暖かい。
ハンドルを握る嶋田くんはさっきから何も話さなくて、もしかしたら少し気を悪くしたのかも、なんて、不安になる。
まだ、午後1時を少し回ったところ。
帰るにはまだ早いけれど、やっぱり他に選択肢はないのかな。
できれば、一人で居たくない。
誰でもいいから、側に居てほしい。
そんな考えは狡くて汚くて、優しい嶋田くんを利用しているだけになるけれど。
そうでなければまた、泣きながら1日を過ごしてしまいそうで。
「何か、あったの?」
遠慮がちに口を開いた嶋田くんは、視線を動かさないままで。
もしかしたらわざと、私の表情を見ないようにしてくれているのかもしれないな、と思う。
「……あ、はい。
あの……」
「僕が気にさわること、しちゃったかな」
「違います、全然。
嬉しかったです、それは」
嬉しかった。
素直に言えば。
温かい手も、ミルクティーも。
「じゃあ……」
「居たんです。
映画館に、前の、彼氏が」
「え?」
嶋田くんは一瞬私を見て、それからまた慌てて視線を戻す。
「あの、10年の?」
「はい、10年の」
「すごい偶然だね……」
「あの人、アクション映画、めっちゃ好きで」
「……ああ」
「新しい彼女と、一緒でした」
新しい彼女。
改めて言葉にすると、また悲しくなる。