恋するイフリート
「うふ♡楽しい異文化交流のお時間ね♡」
常識から逸脱した母、美里は
自慢の猫脚ソファーにちょこんと腰掛け
優雅にコーヒーをすすった。
どうやら、話を要約すると、
現在不安定な情勢のエジプトに便利なATMである親父が止めるのも聞かず
一人エジプトに単身旅行に出かけ、
そんな情勢だからこその、悪い奴のぼったくり詐欺にあい、(案の定)
人間不信になりかけている所を、
フリーの日本人ガイドをしていたアシュラフに助けられ
そしてその誠実な人柄に惹かれ、砂漠の旅を一ヶ月程共にしていたそうだ。
そして、一度、日本へ行ってみたいと言うアシュラフの願いを叶え
一緒に日本へ帰って来た、という運びになったらしい。
まぁ、いくら日本へ行ってみたいと言われたとはいえ、
本当に連れて帰ってきてしまうあたり
さすが美里と言うべきか……。
美里の、この突拍子もない無駄な行動力に
呆れ果てている葵にその青年は
屈託のない笑顔をむけて話かけてきた。
「葵ちゃん、あみあげ、ありまぁす」
そう言ってアシュラフが差し出したのは、
鈍い銅色の猫のネックレスだった。
本当に人の良さが全面に滲み出ているような青年だ。
だから美里に関わってしまう事になったのだろう。
心から気の毒に思う。
「これ、古代エジプトの神様、パステトいいます」
瞳を輝かせ片言の日本語で説明をしてくれるアシュラフ。
「…へぇ~、可愛いじゃん…」
古代エジプトについて無知な葵であったが、
その姿は映画や漫画などで見たことのある物だった。
「エジプトでは猫はとても大切にされています。
パステト、実は女神なのですよ」
「え??女神なの!?」
猫なのに…
「えぇ、豊穣と愛の神様。
葵ちゃんにさしあげまーす」
何て良い人だろう…。
「ありがとう…」
「古代エジプトには、まだまだ沢山の神様がいるのですよ!」
ニッコリ微笑むアシュラフ。
実はファンタジーオタクでもある葵は
アシュラフの語る、古代エジプトの沢山の神様の神話や
現在のエジプトの宗教イスラムに
たまらないロマンを感じていた。
アシュラフはエジプトから持って来た
沢山の荷物を解きながら、
その都度、それにまつわる話を解説していく。
いつしか、葵はそれらの話を
食い入るように興味津々で聞くようになっていた。
そうしているうちに、アシュラフの山のような荷物に混ざって
ひときわ古く分厚い本が混ざっている事に葵は気がつく…。
これは!!ロマンの匂いがプンプンする!
「アシュラフ、これは何??」
その本を手に取ろうとした葵…
「NO----!!それはダメですっ!!」
始終穏やかに語っていたアシュラフが突然声を荒げた。
その声に驚いた葵は
伸ばした手を引っ込め
訝しげな表情でアシュラフを見る。
「……あ……」
アシュラフは、すまなさそうに頭を下げ
「ごめんなさい…。葵さん…、それは、ダメです…」
と、その本を手に取り穏やかに言った。
「これは、コーランと言って、イスラムの聖典です。
イスラム教徒以外は触るもダメです。
それが決まりです」
イスラム教徒は現代日本人には理解できないような
厳粛な戒律によって守られている。
清純で優しい者の多い国だが、
その戒律の厳しさを感じさせるような
一コマだった。
すまなさそうに謝るアシュラフに、
こちらこそ気軽に手を出して
申し訳ない、という思いにさえさせられる。
「あたしも…知らないとは言えごめんね。
じゃぁ、もっと他のお話しを聞かせて?」
その日は夜遅くまでアシュラフに
砂漠の国、エジプトについて語って貰う葵だった…。