clover's mind
「いま、なんと?」

「だから。誰もクビにするなんてひとこともいっちゃいねぇってんだよ」

「え、でも」

「ったく、勝手に理解したつもりになって深刻な顔しやがって」

 マスターは腕組みをしつつ鼻からはんっ、と俺を見下ろしながら「ほんとおまえってやつは」という言葉とともに嘆息を飛ばした。

「これでもおれはおまえのことを高く買ってんだよ」

 ゆっくりと背筋をもとにもどす俺に、マスターが諭す。

「おまえがどれだけ真摯にこの店に、珈琲に取り組んでるか。それをおれは誰よりも知ってる」

 きっと剃ってさっぱりさせればかなりの男前だろうに、と思わざるをえない無精ひげにじょりん、と手を当てながらマスターは続けた。

「確かにさっきのありゃぁな。やっちゃならんミスでは、ある。どうせ個人的な事情が絡んだ不注意だろう?」

「う……はい」

 さすがマスター。

「別にな、おまえの技術力が高いってだけでクビにしないってわけじゃぁない。おれが買ってんのはおまえのその“こころ”だ」

「こころ?」

「そうだ。おまえ、おれが帰れっていったら即自分はクビだって思ったろ」

 そいつは当然だ。

 それだけのことを俺はしたのだから。

 逆にいえばそう思えないような人間はカフェ・オレを淹れちゃぁいけないし、店の珈琲の味すべてに関わっちゃぁいけない。
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