clover's mind
「番号を聞かなければいいのでしょう?」

 さらりといって携帯を耳にあてた。

「まどろっこしいのはね。もっと年をとってからでいいの。まだ意固地な理由をつけて立ち止まるような年齢ではないでしょう? あなたたちは」

 茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばすお母様。

 このあたり、親子なんだなぁ、なんて思ったのつかの間。

「もしもし、まゆみ? ちょっとまってちょうだいね」

 どうやらつながったらしい……が。

「へ?」

 差し出される携帯。

「はい」

 にっこりと微笑んではいるけれど、なぜか有無をいわせぬ圧力を感じるのは俺の気のせいだろうか?

「あ、や、え?」

「は、い」

 眼前にずずいっ、ともはや突きつけられた携帯から『もしも~し。ママ? もしも~し』という声が聞こえた。

 えぇい!

 腹はくくったはずだったろう、俺!

 意を決して携帯を受け取り、そこから躊躇なんていう無様を見せる前に耳にあてた。

『もしも~し。もしも~し!』

 う……ぁ。

『ママ? ちょっと、なんなのよ~』

 耳元をくすぐる甘い声。

 フィルターを通しているものの、ひと言ひと言、音が耳の奥を刺激するたびに身悶えをしそうになってしまう。

 こ、これは危険だ……。

 俺の命を取るなら鉛玉も、とがったナイフも必要ない。

 この愛しい女の声の“留守電サービス”でもありゃ十分だ。

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