チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~

「…佐倉沙智といいます」

小さく自己紹介する彼女の言葉に、あたしは軽く傷ついた。『佐倉』。彼女の本名。あたしの『サクラ』とは大違い。

紅茶が来て、軽くそれをかき混ぜて、飲むことはせずに彼女は言った。

「最初に…橘さんに、謝らなければいけなくて…」
「…え?」

謝る?ここはどう考えても、あたしが謝る所じゃない?

「先日の…その、ホテルでの、脅迫めいた言葉…あれは、沙那がやったことなんです」

ドクンと心臓が大きく鳴った。あの夜の恐怖が蘇る。と同時に、あの睨む視線。冷や汗。

「…橘さんを常に尾行していたのは、沙那です。私が…私が、頼みました。証拠が欲しかったから、だから…。でもまさか、沙那がそんなことまでするとは思わなくて…」

すみませんでした。小さい体が益々小さく見える。頭を下げた彼女に、あたしは何も言えずにいた。

頭のどこかで考える。ここは、何て言うべき?何て言ったら、この人に勝てる?

嫌らしい思いが脳裏を駆け巡る。下手なことは言いたくない。
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