チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
あたしは黙っていた。黙ってただ、威圧する様に彼女を見つめていた。それが精一杯。
俯いたままの彼女。目尻のしわ。細かい染み。おしゃれとは程遠いくたびれた服装に、いつから美容院に行ってないのだろうと思わせる伸びっぱなしの髪。
着飾れば可愛いと思う。でも今の彼女は、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。
気合いを入れたあたしと、妙なミスマッチ。
ふいに彼女が顔を上げた。
「あの…」
目が合う。そらしたかったけど、そらしたら敗けだと思いそのまま見つめた。
彼女はあたしみたいに動揺してない。ただ、真っ直ぐに。
「…返して、下さい」
真っ直ぐに、言った。
「佐倉を…返して下さい。…お願いします」
表情の固まったあたしの前で、彼女はゆっくりと頭を下げた。下げて、そのまま上げなかった。
小刻みに、細い肩が震えていた。
予想外の事が起こると、意外に人は冷静になる。冷静にあたしは、彼女を見つめていた。
後から思う。あれは冷静なんかじゃない。ただ単に、何も考えなかっただけだ。
何も考えられない程にあたしは、打ちのめされていたのだ。
「…お願い、します」