チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
廊下は幾分か静かで、中途半端なエコーが響いている。
なるべく電波の良さそうな窓際まで走り、急いで通話ボタンを押した。
「も、しもし?」
「亜弥?」
少しどもった。久しぶりの佐倉さんの声。ヤバい、苦しい。
「今日、あいてる?」
「うん、全然暇!」
「じゃあ8時にいつものとこで。大丈夫?」
「全然、全然大丈夫!」
バカみたいに『全然』と繰り返すあたし。何でもいい。何でもいいから会いたい。
「じゃあ、また夜に」
それだけ言って、電話は切れた。じゃあねと言う暇もなかった。
機械音が繰り返される中、あたしも電源を切る。
嬉しかった。連絡をくれた。まだ、切られてなかった。
二番目って、意外に辛い。
いつ切られてもおかしくない。
いつもギリギリ。ギリギリで愛してる。
それでもあたしからは、絶対に切れなかった。
不倫なんて、こっちから別れを切り出さなきゃプライドがズタズタになるとかいうけど、それでもあたしには絶対に無理だった。
プライドより、世間体より、佐倉さんが欲しかったから。