チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~

しばらくカラオケの廊下にあたしの笑い声が響いていた。
ふいに気付いて口を開く。

「あ、そういえば名前。名前、何て呼べばいいですか?」

今更本名を言うこともできないので、呼び方を聞くことにする。

『そういえば言ってなかったですね。マモルって言います』
「マモル…さん」
『マモルでいいですよ』

ははっと笑いながら言った。あたしも笑いながら、「じゃあマモルで」。
そこでふと思った。
彼の中ではあたしはサクラで。でも"サクラ"と呼ばせるのは、物凄く残酷なんじゃないだろうか。

「あたし…あたしのことは…あ、チェリー、チェリーで!」
『チェリー?』
「うん、ほら、あたしサクラでしょ?英語でチェリーだから、たまにそう呼ばれるの」

強ち嘘じゃなかった。たまに冗談で、あたしの事をチェリーと呼ぶおじさんもいた。
他の人と違う呼び方をしたい、という、バカらしい理由で。

『…わかった。じゃあ、チェリーで』

『ありがとう』という、小さな呟きも聞き逃さなかった。
多分彼は、わかったのだと思う。
あたしが気を使って、呼び方を変えた事を。

そういう事にすぐ気付ける人は、きっとホントに優しい人だ。

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