チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
携帯に手を伸ばした。慣れた手付きで操作して、佐倉さんの番号を出す。

『佐倉さん』

携帯の画面が滲んだ。佐倉さんの名前を見ただけで、苦しい程に切なくなる。
ヤバい、あたし、相当ヤバいかも。

震える指で、通話ボタンを押そうと思った。

唇を噛み締める。目をつむる。

「…出来ないよ、」

携帯をベッドに投げて、両腕を抱き締める様にうずくまった。
声を出さずに、涙を出す。

…あたしから、電話はできない。

もししてしまったら、そこで終わりな気がした。

あたしから佐倉さんを求めたら、その時点であたしの存在は重くなる。

そしたらきっと、いらないって思われる。

『都合いい女って思ってるよ』

そうだよ。当たり前だよ。だってあたしが、それを望んでる。

都合いい女でいる限り、佐倉さんはあたしを切ったりしないって、どこかでそう思ってるの。

佐倉さんの好きにしていいから。都合のいい時だけでいいから。

だから、あたしを捨てないで。

みっともない程にあたしは、しがみついてる。

この通話ボタンを押せた時、あたしはきっと解放される。

でも今はそんなこと、微塵も望んでいなかった。
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