【短編】羽根月
だけどオレの目に映っているのは、確かにあの里茉。

オレがこの世で
ただ一人
愛し続けている女性

なのに心がどこかで迷子になっていて
そんな彼女が現れる度に、オレは泣きそうになった。

だけど言えない。

『死なないでくれ』

なんて言えない。



記憶を失い、子供みたいな言葉で話す里茉をオレはいつも直視できなかった。

こんな里茉を受け入れられない。近いうち、必ず訪れる未来を受け止められない。

愛してるのに

心が折れそうだ。

夜、面会時間が終わりアパートに帰る。
里茉の居ないオレ達の愛の巣。

彼女のぬくもりを探して、途方もない孤独を感じ押し潰されそうで

オレはいつも現実から逃げ出したかった。








「ねぇ大地、あたし海に行きたいな」

ある晴れた日。
正気の里茉がぽつりと呟いた。

「海?もう秋なのに海かよ」

「だって免許取れたんでしょう?」

「…!何で知ってんだよ」

「真奈に聞いたの」

アイツ!
喋ったな!

里茉を喜ばせたくて免許取ったのに、全然サプライズできなかった。

オレはつい真奈にそう話してしまった事を思い出した。

それを知って里茉は言ってくれたのかもしれない。
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