わたしから、プロポーズ


ヒロくんと、しばらくただ見つめ合っていた。
何を言うでもなく、何を言われるでもなく、ただ見つめ合うだけ•••。

その間、私は何も考えていなかった。
ただ時が止まったように、思考は完全にストップしていたのだった。

「もう少し歩こうか?ここを抜ければ、海が見えるはずだ」

止まっていた時間を進めたのはヒロくんで、優しい笑顔を浮かべてくれた。

「うん。そうだね」

確か、この先を少し行くとヨットハーバーがあるはずだ。
ヒロくんに促されるまま歩いていくと、徐々にひと気がなくなっていき、穏やかな波の音が聞こえてきた。

夜のヨットハーバーには、2組のカップルが少し離れた場所で海を見つめている。

「俺、夜の海って好きなんだよ。昼間には見せない顔っていうのかな。それを感じるから」

「確かにそうね。夜の海って、昼間の青さがなくなって真っ黒。だけど、波の音は一緒な気がする」

潮風を感じながら、どこまでも広がる海を見つめる。
街灯のお陰で、夜の海も見ることが出来た。

「うん、莉緒の言う通り。夜の海は、根本は何も変わらないんだ。だけど、見せる顔が違う。だから莉緒も、俺の前では子供の頃と変わらない顔を見せて欲しい」

「え•••?」

ヒロくんの言いたい事が、いまいち分からない。
子供の頃と変わらない顔って何?

すると、そんな私に気付いたのか、ヒロくんは苦笑いをしたのだった。

「伊藤課長の前より俺の前の方が、遠慮なく地が出せるだろ?俺といる時くらい、リラックスして欲しいって事」
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