わたしから、プロポーズ


午前9時。
玄関の鍵が開く音がする。
瞬爾が帰ってきたのかと思うと、途端に緊張してしまった。

「ただいま」

朝帰りをした割りには、まるで平然とリビングへ入って来る。
無精髭が生えているけれど、シャワーを浴びたのかヘアスタイルは崩れている。
眠たそうな雰囲気もなく、間違いなく家かホテルで一晩過ごしたのが分かった。

「瞬爾、こんな時間までどこにいたの?」

ベッドルームへ着替えに行った瞬爾の後について行くも、全く顔を見てくれない。
ネクタイを外し、ジャケットを脱いだ瞬爾から、微かに甘い香りがした。

「美咲さんと一緒だったの?」

どうしても聞かずにはいられなくて、その言葉を口にした。
瞬爾は、私に美咲さんとの仲を疑われている事をまるで驚く様子もなく、一つ深いため息をついたのだった。

「知ってたんだな、俺たちの事を。美咲から聞いた」

美咲さんから聞いたという事は、あの化粧室でのやり取り後に聞いたという事か。
やっぱり二人は、プライベートな話をしていたらしい。

「寿史さんから聞いたの。それと、美咲さんからも、ゆうべいろいろ聞いた」

「ったく。寿史は本当、口が軽いよな」

さらにため息をつき、瞬爾は服を着替え続ける。
私服は、カジュアルなシャツにデニムのパンツスタイルが多い。

「ねえ、答えてよ。どこにいたの?」

苛立ちを隠せず、責める様に聞いてしまった私に、瞬爾が目を向けた。
それは、思わず後ずさりをしてしまいそうなくらいに冷たい視線だ。

「莉緒こそ、ヒロくんとあれからどこに行ったんだよ。逃げる様に消えていったろ?」
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