わたしから、プロポーズ
話をして少しは落ち着いたのか、和香子の涙は止まった。
「彼に言われた事があるのよね。俺を待つ以外に、何かやりたい事はないのかって」
「やりたい事?」
「そう。彼の周りは働く女性ばかりなわけじゃない?その中で、待つばかりの私にイライラしていたみたいなの」
なんて身勝手な旦那さんだろう。
だいたい、和香子は独身の頃と変わっていない。
少しも生活じみた部分はないのに、一体そこまで何が不満なのか。
「莉緒は、同期の中でも仕事のセンスがあるものね。当然、結婚後も仕事を続けるんでしょ?」
当たり前の様に言われ、返事に戸惑いながらも答えた。
「それが、瞬爾からは仕事を辞めて欲しいって言われてて」
「そうなの?意外ね。だけどきっと、伊藤課長なら、私の旦那さんみたいな事にはならないわね。誠実な方だもの」
そう言われたものの、そんな確証はない。
「莉緒がそれでいいなら、きっと大丈夫よ。ちゃんと話し合ったんでしょ?前から莉緒は、自分を出さないところがあったものね」
「自分を出さない?私、そんな感じがあった?」
突然、何を言われるかと思えば、自分では全く自覚がない。
「うん。何て言うかな?本音が見えないっていうか、薄い壁を感じるのよね」
そんな指摘は初めて受けた。
壁など作ったつもりは、さらさらないのに。
「だから、ちょっと心配だったんだ。課長にも、自分を押し殺してないかって」
それを言われて、ふと思い出した。
プロポーズを受けた後の、両家の顔合わせの時に、瞬爾から言われたセリフを。
あの時、確かに瞬爾は言った。
『これを機に、もっと自分を出して欲しい』と。
意味が分からず、ほとんど聞き流していたけれど、こういう意味だったのか。
それなら、瞬爾はどれほど私に対して、もどかしさを感じていただろう。
ようやく、瞬爾の心が見えた気がして、会いたい気持ちが募ってくる。
今は、瞬爾から逃げる時ではない。
ちゃんと、本音を話さなければいけないのだと、やっと気付いたのだった。