わたしから、プロポーズ
車は脇道を通り、人通りのすくない路地へと入って行く。
まだ明るい時間だというのに、ビルに挟まれて薄暗かった。
「ヒロくん、道が違うの。引き返して」
恐怖心が増してきて、声が震える。
こんなヒロくんを見たのは初めてだ。
私の言葉はまるで無視をされ、車はさらに進んでいき、抜けた場所にある空き地の側の路肩へ止まった。
元は何かが建っていた土地なのか、草が生え放題で荒れた場所になっている。
はるか向こうには家も見えるけれど、この辺りは空き地ばかりが続く寂しい場所だった。
「ヒロくん?」
おずおずと声をかけると、ヒロくんはゆっくりと私に顔を向けた。
口角をほんの少し上げて、微笑む様な表情を浮かべている。
「そんなに警戒するのか」
「だって•••」
こんな場所に車を停められ、警戒をするなという方が無理だ。
すると、ヒロくんは痛いくらいに私の右手を握ってきた。
「莉緒は、相変わらず俺には警戒心ゼロだよな」
「え?」
その言い方は、どこか自嘲気味だ。
「俺は、莉緒を好きだと告白したっていうのに、全く警戒心が無いのには、正直腹が立つよ」
「だって、それは•••。それだけヒロくんを信用してるって事よ?ヒロくんは、私の憧れのお兄ちゃんだったじゃない」
明らかに、いつもと違う様子に戸惑うばかりだ。
私の言葉にヒロくんは、投げやりに笑った。
「憧れね。結局、その程度だよな。今さら莉緒と再会したって、あの頃には戻れない、か•••」
「ヒロくん?どうしちゃったのよ。瞬爾との事だって、前向きに応援してくれてたよね?」
怖い•••。
今、目の前にいる人は、私の知っている憧れのお兄ちゃんじゃない。
一人の男の人だ。
握られた手を、思わず引っ込めようとした時、それに逆らうかのように引っ張られた。
そして、本当に一瞬、一瞬の隙に私たちの唇は重なったのだった。