わたしから、プロポーズ
「今、帰りか?」
オフィス街を歩いていると、後ろから瞬爾が声をかけてきた。
「あ、課長•••。お疲れ様です。今度のプロジェクトの資料整理をしていたんで、いつもより遅くなりました」
遥からあんな話を聞いた以上、前持った情報は頭に叩きこまないといけない。
だから、残業をして資料のチェックをしていたのだった。
返事をした私に、瞬爾は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「俺から別れようと言っておいて虫が良すぎるけど、社外では今まで通りに接してくれないか?ちょっと、寂しいよ」
そんな弱い一面を見せた瞬爾に、思わず吹き出した。
「本当、虫がいいよ。私はもう瞬爾の彼女じゃないもん。だから、こんな風に馴れ馴れしく話をするのは間違ってる」
意地悪く言うと、瞬爾はさらに小さくなった。
「そうだよな、ごめん。莉緒の好きにしてくれていいよ」
苦笑いの瞬爾を見ていると、付き合い始めの頃を思い出した。
確かにあの頃の方が、今みたいに自然に接していたような気がする。
私はいつの間にか、瞬爾に対して自分を作っていたのかもしれない。
そんな私を、瞬爾は気付いてくれていたのだ。
「じゃあ、好きにさせてもらう。社外だけね。今まで通りなのは」
そこで笑顔を浮かべた瞬爾を見て、一つ言えていなかった事を話す決意をしたのだった。
「瞬爾、このプロジェクトが成功したら話があるの」
「話?」
「うん。私の気持ちにケジメをつけたくて。それと、瞬爾には言っておかなければいけない事があるんだけど•••」
今さら話す意味は無いかもしれない。
だけど、黙っておく事にも意味はないと思っている。
このプロジェクト後に、自分の気持ちを伝えるつもりなら、話しておこうと決めていたのだった。
「私、ヒロくんとキスしちゃった」
目を合わせる事が出来なくて、それだけを口にした。
瞬爾はどんな表情をしている?
それを確かめるのが怖くて、顔を上げる事が出来なかった。
すると、瞬爾は穏やかな口調で言ったのだった。
「莉緒にとって、それがいい事なら俺が何かを言う権利は、もう無いよ」
その言葉は、『寂しい』と言ってくれた言葉とは反対に、距離を感じるものだった。
それに、傷ついている自分がいて、結局瞬爾の言葉に振り回されているのだと感じた。