わたしから、プロポーズ


社用車を借りて店へ向かうも、美咲さんの言う通り、どこも既に借りられていた。

「まさか、借りられているなんて•••。マイナーな音楽だと思って甘く見てたわ」

こぼれそうになるため息を飲み込む。
そもそも私に、ため息をつく資格なんてないからだ。
自分が蒔いた種を取っているだけ。
だから、憂鬱になっている場合じゃない。

「よし!お店を一軒一軒巡っていこう」

気を取り直して車のエンジンをかけようとした時、携帯が鳴った。
ディスプレイの表示に、心臓が跳ね上がる。

「瞬爾からだ•••」

一瞬、出ようか迷ったけれど、今は勤務時間中だ。
意識する方が間違っていると気付いて、事務的に電話に出たのだった。

「はい•••。もしもし」

「もしもし、莉緒?大丈夫か?レコード、どうだった?」す

電話に出た途端聞こえてきた瞬爾の声は、いつもと違い落ち着きがない。
そして何より、『莉緒』と呼ばれて動揺してしまった。

「あの•••。借りられていて、今から検索したお店を回るつもり」

部下として電話に出たつもりだったのに、その気持ちはあっという間に吹っ飛んでしまった。

「なあ、莉緒。一人で抱え込む必要はないんだ。俺もこっちが落ち着いたら手伝うから、あまり無理をするなよ」

「瞬爾•••」

どうして、瞬爾はいつも優しいのだろう。
迷惑をかけたのは私なのに。
いつだって、手を差し伸べようとしてくれるのはなぜ?
そして、美咲さんとのキスの意味は何?
聞きたい事はいっぱいだけれど、今は頭から消さなければいけない。

「ううん。大丈夫。迷惑をかけたのは私なの。これ以上、瞬爾に迷惑をかけられないよ。ありがとう」

そして電話を切ろうとした私に、瞬爾が引き止める様に言ったのだった。

「迷惑なんてかけられてない。莉緒は余計な事を気にするなよ。必ず行くから。また電話に出ろよ」

瞬爾はそう言うと、強引に電話を切った。
気にかけてくれるのは、あくまで私が部下だから。
それを忘れないつもりでいるけれど、やっぱり問いかけたくなる。
私に望みは残っているのかと。
私ではなく、美咲さんとやり直したいのかと。

この切なくてもどかしい気持ちは、私が片想いだから味わう気持ちだ。
久しぶりに味わうこの感覚は、恋をするもどかしさを思い出させたのだった。
< 175 / 203 >

この作品をシェア

pagetop