わたしから、プロポーズ


「よし!坂下、行こう!」

牛島さんの予告通り、打ち上げに移動する時間になると、久保田さんに声をかけられた。
それも、今までにないくらいに上機嫌で。

「あの•••、まさか二人きりというわけではないですよね?」

仕事ではお世話になった人だけれど、正直、それ以上の距離を縮めたいわけではない。
恐る恐る聞いた私に、久保田さんは眉を寄せた。

「そこまで気の利かない人間じゃないよ。大丈夫、一人友達を呼んでるから」

一人!?
それも、久保田さんの友達では、私は完全アウエーだ。
誰か悪夢だと言って欲しい。
思わず瞬爾に目を向けると、苦笑いで小さく手を振られた。

「じゃあ、行こうか」

「えっ!?本気ですか?」

強引に腕を引っ張られるとタクシーに乗せられ、向かった先はこじんまりとした和風創作料理の店だった。
4人掛けテーブルが5組と、カウンター席が10席ほどある。
落ち着いた雰囲気で、客層も大人向けだ。

「あ、ほら。あそこ」

久保田さんが指差したテーブル席には、男性が一人座っている。
ただ、背中を向けているので、顔は分からない。
濃紺のスーツを着ていて、ビジネスマン風の人だ。

「お友達って男の人ですか?」

嫌悪感たっぷりに聞くと、久保田さんはしらばっくれた様に答えたのだった。

「ああ。俺の友達だから。美味しいだろ?坂下が紅一点だ」

「紅一点って。全然嬉しくないんですけど」

これ見よがしについたため息は、あっさりと無視された。

「細かい事を気にするなよ。おい!樫木ー」

カシギ?
久保田さんがその男性の名前を呼んだ時、どこかで聞いた様な名前に、頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。
カシギって、どこかで聞いた様な•••。
なかなか思い出せなかったけれど、その人が振り向いた瞬間、思わず声を上げていた。

「あーっ!」

間違いない。
和香子の旦那さんだ。
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