イジワル同期の恋の手ほどき
その日の仕事帰り、泉田さんと待ち合わせた、おしゃれな居酒屋で先に飲んでいると、「よお」と現れたのは、宇佐原だった。
「あれっ、なんで? 宇佐原も呼ばれてた?」
「まあな、おまえ、なに飲んでる?」
「梅酒のソーダ割り」
宇佐原がふっと笑って、グラスを指さす。
「甘い酒、苦手なくせに、無理するなよ。かわいい女子に見られたいのか?」
「ち、違うよ、今日はこれが飲みたい気分だっただけ」
「嘘つけ、全然、減ってないじゃないか」
そう言って、宇佐原が生中を二杯、注文する。
「泉田さんは来ないよ」
「えっ?」
「また、急な接待が入ったらしい」
「もしかして、例の?」
「ああ、例の妨害だ」
宇佐原から、得意先のギャラリーオーナーに飲みに誘われて、いつもなら逃げ出す女性社員たちが近くにいた泉田さんを無理やり連れて行ったという話を聞いた。
それを聞いた途端、げんなりする。
「あんなに、堂々と誘ってたらなぁ、誰でも気づくわ」
「もしかして、聞こえてた?」
驚いて宇佐原に尋ねる。
「ああ、オフィス中に聞こえた。なあ、泉田さんになにか言われた時、血相変わってたけど、なに言われた?」
宇佐原が心配そうに聞く。
「あれはね、私が忘れてる記憶、聞きたいよねって言われたの」
「なんの話だ?」
「私、昨日、泉田さんに駅で会ったの、全然覚えてないのよね」
「あれだけ、酔ってりゃな」
宇佐原が笑う。
「ねえ私、なにかした? 変なこととか」
「いいや、別に」
「じゃあなんで、泉田さんあんなこと言ったんだろ。『びっくりした』って」
「ああ、それはたぶん、おまえが、俺の胸にもたれて寝てたからじゃないか」
「電車の中で?」
「そうだ。足元ふらついてたし、眠いって言うから、寝ていいっぞって言った」
「もう、ほんとにごめん、迷惑かけて。いろいろ恥ずかしすぎる」
両手で顔を覆うのを見て、宇佐原が笑う。
「まあ、俺にとっては、こんなの日常茶飯事だけどな」
「笑い事じゃないよ、深刻な事態だよ」
頭を抱えていると、ますます宇佐原が笑いだす。