イジワル同期の恋の手ほどき
* * *
夕方、残業に備えて、給湯室へお茶を入れに行く宇佐原を月世が追いかける。
「ドライブ、行くんだって?」
「あいつ、話したのか?」
驚いた宇佐原に、月世はにやにやする。
「残念ながら、あの子にとっては、修練の一貫みたいだけどね」
「しゅう……れん?」
「そ、お弁当作りの続きとしか認識されていないっていうこと」
「なるほどな」
月世が改まった口調で続ける。
「宇佐原は、あの子をどうしたいの? どうするつもりなの? もしも、からかってるだけなら、ちょっと度を越えているわよ」
「こっちは、からかってるつもりはないんだけどな」
宇佐原が迷わず答える。
「へえ、じゃあ、どういうつもり?」
「悪いが、おまえに話すつもりはない」
そう言うと、宇佐原はさっさと給湯室を出ていった。
* * *
終業のベルが鳴り、いつものように二人になったオフィスで、珍しく宇佐原が隣にやってきて座った。
「どうかした?」
「おまえさ、藍田に話したの? ドライブのこと」
「うん」
即答すると、宇佐原は頭を抱える。
「あれ? ダメだった?」
「もう、遅い」
宇佐原はなぜか不機嫌で言った。
「デートの練習って、言ったよな?」
「うん」
「だったら、ダメだろ」
「?」
「本当のデートだったら、話すのか? 誰とどこに行くのかとか」
「あっ」と口を手で押さえ、「ごめん……せっかく、練習に付き合ってくれてるのに。覚えの悪い生徒で……。いいかげん、愛想つかした?」
いくら宇佐原が親切でも、さすがにあきれてるだろうと思うと、申し訳なくて消え入りそうな声になる。
ゴクリと唾を飲み込んだ宇佐原が口を開こうとした時、オフィスに駆け込んできたのは、月世だった。
「どうしたの?」
パッと顔を上げると、月世がいたずらっぽく笑っている。
「ごめん、なんか、お邪魔しちゃった?」
「バカヤロー、変な気回すな」
隣の宇佐原が突然大声で怒鳴ったので、びくっとする。
「忘れ物、忘れ物っと。あ、そうそう、ちゃんと話し合いなさいね」
そう言って、急いで出ていく月世を見送りながら、また宇佐原の方を向く。
「話し合うって、なにかトラブルでもあったの?」
私が不思議に思って首をかしげると、宇佐原が少し視線をさまよわせてから、じっと見つめた。
「いいや。俺はおまえに愛想つかしたりしないから、変なこと気にするな」
宇佐原にそう言われて、ほっとする。
「そうだ、ドライブ、どこに行くか決まった?」
「とっくに決まっているけど、それは当日のお楽しみだ」
なんで行き先教えてくれないんだろ。もったいぶらなくてもいいのに。
「でも、行く場所によって着ていく服とか、考えたいし」
「服なんて別になんでもいいぞ。スケスケでもスリット入りのセクシーなやつでも、胸元が大きく開いた大人の色気たっぷりなのでもな」
宇佐原は私がそんな服を持っていないことを百も承知で、にやにや笑いながらわざと言っている。
「もう、何よそれ、嫌味なわけ?」
「拗ねるなよ、冗談だ。おまえの私服、楽しみにしてるな」
そんな優しい笑顔で言われたら、こっちが照れる。
よし、当日は宇佐原をびっくりさせるようなピクニックのお弁当を作ろう。
そして、今度こそ、このお弁当修業を終わらせる。
私はますますやる気になっていた。