イジワル同期の恋の手ほどき
そんなやり取りをぼんやりと思い出しながら、マグボトルの蓋を開けると、車内に香ばしいほうじ茶の香りが漂った。
「あ、俺も」
赤信号で止まった宇佐原が運転席から手を伸ばす。
「ええ、また?」
思わず、不機嫌な声になりながら、マグトボトルを手渡す。
初めの頃は、『これって間接キス?』などと、意識していたが、最近はすっかり慣れっこになってしまった。
「いいだろ、『川田屋(かわたや)』のほうじ茶、うまいんだから」
「それは当然でしょ。江戸時代から続く老舗のお茶屋さんなんだから。そうじゃなくて、自分で持ってくれば、いいじゃない」
軽く睨んでも、そんなことは意にも介さず、涼しげに言ってのける。
「おまえが入れたほうが、何倍もうまいからな」
そんな言い方、ずるい。
宇佐原は絶対に人たらしだと、私は常々そう思っている。
女性に対しては不誠実なことはしないみたいだけど、無駄に人あたりがよすぎるのだ。その屈託ない笑顔にみんなついほだされてしまう。
「ほんと、調子いいんだから!」
その言葉に宇佐原がにやりと笑った。
宇佐原とは口を開けばいつもこんな感じ。
そんな宇佐原に秘密にしていることがある。
それは、宇佐原と外回りの日だけは、必ず『川田屋』のほうじ茶を朝からていねいに入れて持っていくようにしているということ……。
「今週、早く帰れそうな日があったら、行くか? 南街(みなみまち)」
そろそろお茶っ葉が切れそうになると、『川田屋』の入っているデパートがある繁華街の南街で食事をしようと誘う宇佐原。
その抜群のタイミングにいつも感心してしまう。
「木曜か金曜なら、大丈夫だと思う」
「じゃあ、またメールする」