イジワル同期の恋の手ほどき

 * * *

「もしもし」

俺はとっさに彼女のスマホを取り上げて通話ボタンを押す。

『今、どこにいる?』

スマホから聞こえた俺の声に、宇佐原が電話の向こうで殺気立っているのがわかる。

「駅前のカフェ」

『美緒には手を出すな!』

そう言い捨てると、電話が切れた。

「あの、宇佐原、怒ってたみたいですけど?」

「うん、かんかんだね。なんで、宇佐原が怒っているのか、本当にわからない?」

「えっと」

心底困った顔をして考え込む彼女を見て、俺は噴き出しそうになる。
自分は何でこんなことをしているのか、放っておけばいいのに、なぜ手を貸してしまうのか。
自嘲するしかなかった。

さっきはわざと噂になるように、会社のエントランスで大声で彼女を呼び止めて連れ出した。
人通りの多い駅前にある、ガラス張りのカフェをわざわざ選んだ。
そして今、外からよく見える席に座っている。
彼女はこのわざとらしい演出にも、まったく疑いを抱いていない。

もうじき宇佐原がやって来るだろう。
何と言って彼女をさらっていくのか見物だ。
彼女とは違う意味で純情な男だから、一発お見舞いされるかもしれないな。
そしたら、彼女はどんな顔をするのだろうか?
こうなったら、とことん付き合ってやろう。

初めはただ少し興味を持っただけだった。
あきらかに自分に好意を抱いているのに、まったくアプローチもせず、こちらから話しかけると、すぐに真っ赤になって下を向いてしまう。
わかりやすく好意を示してみても、その距離感は縮まることがなかった。

彼女を意識するようになって、宇佐原との関係にも気づいた。
あれほどあからさまにアプローチされても、まったく気づかない、ここまで鈍感な女性がいるのが信じられなかった。

初めは焦らして駆け引きを楽しんでいるのだと思った、けれども違った。
本当に何も気づかないのだとわかった時、わくわくする自分がいた。

彼女は今までに出会ったことがないタイプだった。
見た目やステータスにだけ惹かれて寄ってくる女性たちとはまったく違うから、本気で落としてみたいと思った。
結果は本人以外の外野のガードが思いのほか固くて、近づくことすらできなかったのだけれど。

来た来た。全速力で走ってくる宇佐原がガラス越しに見えて、最後の大芝居を始める。

「ねっ、ゆっくり話したいから、僕の部屋に来ない?」

驚いてカフェオレボウルから離した彼女の手を自分の両手に包み込む。

「泉田さん?」

突然、こんなことをされる意味がまったくわからないといった様子で、困惑している。

「ねぇ、宇佐原が好きなの?」

小さな声が聞き取れず、耳を傾ける彼女の頭をぐっと引き寄せた。

「朝まで一緒にいよう」

そう耳もとでささやくと、彼女は飛び上がるほど驚いている。
真っ赤になって俺を見上げる目をじっと見つめ返して、優しく微笑んだ。
今、最大限に困っているんだろうなと思うとおかしくなる。

 * * *
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