イジワル同期の恋の手ほどき
そして今、宇佐原のマンションのキッチンに立っている。
駅前のスーパーで食材を調達して、宇佐原のデニムのエプロンを借りて。
手もとを覗き込んで、ニヤニヤする宇佐原に、照れくさくて食ってかかった。
「なによ、言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「いや。慣れてるなあと思って。エプロン姿も、様になってる」
「うるさい」
真っ赤になった顔を見られないように、急いでシンクの方を向いた。
宇佐原は、どこまでも普通に、ちょっと笑いをふくませながら聞いてきた。
「ところで、今日の献立、なんですか?」
「さあね」
つい、ぶっきらぼうになる返事に、宇佐原はクスクス笑っている。
「じゃあ、俺は洗濯してるから。できたら呼んで?」
宇佐原のマンションは駅から歩いて五分のおしゃれなデザイナーズマンション。
外国の邸宅によくある鉄門をくぐると、敷地内に小さな庭園があり、色とりどりの花が植えられていた。
セキュリティも万全という感じだ。このたたずまいを見ただけでも、かなりの高級マンションだとわかる。
宇佐原の部屋は一階の角部屋で大きなテラスがついている。
室内はシックな家具で統一され、一人暮らしの男性にしては、きちんと片付いていた。
調味料も一通りそろっているし、冷蔵庫にも使いかけの野菜や卵が入っているから、ちゃんと自炊しているらしい。
ついつい探してしまうのは女性の痕跡。
マグカップとかペアのお茶碗とか、かわいい柄の布巾とか、女性が好みそうな物はまったく見当たらなかった。
そのことにどこかほっとしている自分がいた。
野菜をスライスしたとき、驚いたのは包丁の切れ味だった。
自分の家の包丁よりも、サクサク切れる。
包丁まできちんと研いでいる宇佐原の姿を想像して、思わず笑みがこぼれる。
宇佐原って、案外マメ男なのかも。