イジワル同期の恋の手ほどき
やがて、アールグレイのいい香りとともにやってきた宇佐原は、クリスタルのテーブルにマグカップを置くと、私の隣に座る。
長い脚。
並んで座ると、普段は気づかなかった部分がいろいろ目につく。
「これ、うまそうだろ」
宇佐原が指さしたのは、つややかなソースが添えられた、いかにもおいしそうなミートローフの写真。
「それは上級者用。私はオードブルくらいしか作れないよ」
「じゃあ、これは」
宇佐原が私の持っている本を指さす。
前髪がかする距離に、どぎまぎしていた。
ソファが沈んで、肩がぶつかるから、思わずびくりとした。
さらに、テーブルの上の本に手を伸ばした宇佐原が、勢いよく座ったので、ソファが上下して足が触れ合う。
「これなら、できそう」
私が指さした、デイップのページを、宇佐原が見ようと顔を近づけるから、思わずすっと避ける。
さっきから、距離が近すぎる。
ひとりドキドキして、思わず本を持つ手が震える。
「意識してくれて、うれしい」
宇佐原が優しく微笑んだ。
「意識なんて、してないから」
思わず、強い口調になる。
宇佐原はやわらかく微笑んで、「耳まで、真っ赤だけど?」と私の耳に触れるので、耳を隠しながら言う。
「そ、それは、さっきのワインが回ってきただけで……」
自宅でくつろぐ宇佐原はいつもよりも余裕たっぷりで、仕草の一つひとつがいつもと違うように思えてどぎまぎしてしまう。
「ふーん、そうなんだ?」
宇佐原がにやにや笑いながら続ける。
「この前、すっごくかわいかったなあ」
「なんの話?」
思わず怪訝な顔になる。
「公園で飲み比べした日。酔ったって言って、こうやって肩にもたれて」
宇佐原がもたれてくるから、ますます赤くなり、背中を押し戻す。
「酔っ払った時の話されてもね、こっちは覚えてないし」
「電車の中では、こうやって」
宇佐原がソファから立ち上がらせ、私の体を胸に抱き寄せる。
「わっ、ちょっとなに?」
「おまえ、酔うとふにゃってなるよな。泉田さんにかわいい顔、見せたくなくて、ずっとこうやってた」
宇佐原が私の後頭部に手を回して引き寄せるから、彼の胸に顔をうずめるような体勢になって身動きが取れない。
今、かわいいって言った?
聞き間違い?
宇佐原の右手が、ゆっくりと私の髪をなでる。
これはどういう状況なの?
私はパニック状態になっていた。
「酔っ払った上に半分寝てるから、足がフラフラしてて、こうやってギュッと抱いてたんだ」
腰に回した左手にきゅっと力を入れるから、体がますます密着する。
至近距離で聞く宇佐原の声は妖艶でドキドキが加速する。
さっきからずっと、宇佐原の右手が優しく髪をなでている。
「あの、宇佐原、再現はもういい。よくわかったから、今度から気をつけるから」
そう言っても、宇佐原は離してくれない。
だんだん息が苦しくなってきて、ますます頬が熱を帯びていく。
「いいぞ、今日もこのまま寝ても。ちゃんと支えててやる」
宇佐原が耳もとでささやくから、思わずびくりとする。
こんなにドキドキして寝られるわけなんてない。
早くここから出ないと呼吸困難に陥りそうだ。
「ほんとに離してよ」
これ以上耐えられなくて、じたばた暴れると、宇佐原がようやく腕を緩めた。
やっと離れてほっと息をつくと、宇佐原を睨んだ。
「もう、酔ってるの?」
ぽかんと宇佐原の胸を叩いた拳を宇佐原がそっと上から握り、ぎこちなく微笑んだ。
「ああ、ちょっとな」
見上げた宇佐原の顔も、ほんのりと赤らんでいる。
握られた手をそっと抜き取って距離を取る。
「ほんとに覚えてなくて良かったよ。こんな姿、泉田さんに見られたなんて、恥ずかしくて仕事行けない」
「俺はいいのかよ、覚えてても」
「宇佐原に、今さら格好つけてもしょうがないでしょ」
宇佐原が少しだけ寂しそうに笑って、時計を見る。
「さて、そろそろ送ろうか。帰って明日のメニューも考えてもらわないといけないしな」
「もう、どんどん課題のレベル上げすぎ。次は献上料理とかになるんじゃない?」
「ハハハ、そりゃいいな。けど、さすがにレシピ本はないだろうな。全部料理番のオリジナルだろうしな」
「宇佐原の家で、こんなおいしい紅茶が飲めると思わなかった」
「そうか? 飲みたくなったら、いつでも来ていいぞ」
「ありがと」
また飲みに来ることはあるのだろうか。夕食で合格点をもらったら、もう宇佐原の部屋に来る理由がなくなる。
「明日、帰りにデパ地下寄るか? それで、いろいろ買って帰ろう」
「わぁ、なんか楽しそう」