イジワル同期の恋の手ほどき

先週、たまってきた使用済みの書類を処分しようと八号倉庫の鍵を取りに行ったとき、たまたま総務課にいた宇佐原が、にやりと笑って、「俺も後で行くから、鍵開けておいて」と言った。

その瞬間、いつかのあのやりとりを思い出し、大慌てで捨てる紙束を提げ、八号倉庫に小走りで向かった。

資源ごみの山に持ってきた紙束を置いて、慌てて引き返している途中、中庭で宇佐原とばったり鉢合わせした。

「開けといてって、頼んだのに、閉めたのか?」

そう言われて宇佐原の手もとを見ると、段ボールの束と古新聞を抱えていた。

「ごめん、すぐ開ける」

引き返して扉を開け、宇佐原を中に通すと、抱えていた物を置いて、手をはたきながら、入口まで戻ってくる。
宇佐原が外に出たら鍵を閉めようと思っていたのに、強い力で引っ張られて、思わず「きゃっ」と声が出る。
気がつくと、宇佐原の腕の中にいた。

――パタン。

ストッパー代わりにしていた背中が離れ、扉がしまった。
その瞬間、背中越しにカチャリと宇佐原が鍵をかけて扉に両手をつくから、身動きできない。

「ダメよ、宇佐原、こんなの……」

「さっき、俺の荷物見て、あれって顔してたよな」

「それは、まさか本当に捨てに来るとは思わなくて」

「ごみ捨てに来るんじゃなかったら、何しに来ると思ってたのかな、八号倉庫に」

宇佐原がにやにやしている。

「それは、その……」

思わず視線を泳がせる。

「ここはご期待どおりにしなくちゃだよな」

「うわっ、待って、期待してないから」

「嘘つけ」

宇佐原がそのまま顔を近づけるから、小さく震えながらきゅっと目をつむる。

「あのさぁ、そんな顔されるとほんとにしたくなるんだけど」

チュッ。
軽く音をさせて、おでこにキスされた。

「もう、からかわないでよ」

ほっとして、目を開ける。

「あれっ、がっかりした? やっぱり、キスは唇だよな」

再び、宇佐原が顔を近づけるから、「ダメ〜」と自分の唇を慌てて押さえる。

「じゃあ、ここに」

宇佐原が首筋に顔を埋めようとする。

「ストーップ。帰ったら、なんでもするから、ほんとに許して」

そう懇願すると、宇佐原がにやりと笑う。

「なんでもするんだな」



帰宅前に受信したメールには、こう書かれていた。

【今日の夜食は、豪華オプションつきのロングロングコースな】

【今日は次の予定があるので、ショートコースを希望します】

カタカタとすぐに返信を打つ。

【ショートコースの場合、もれなく翌日に八号倉庫プランがついてくるけど、いいのか】

そこまで読んで、もう付き合いきれないと、さっさと席を立つ。

「おい、待てよ」

「もう、知らない。先、帰る」

「なあ、待てって」

階段をうしろから追いかけてくる宇佐原に抗議する。

「なんで、そんなに、食欲旺盛なのよ」

「仕方ないだろ、夜食うますぎて、食べても食べても、また食べたくなるんだから」

「健康には腹八分がいいって言うでしょ」

俺様でいつも憎まれ口ばかりだった辛口の宇佐原が、こんなに甘甘になるなんて、想定外だ。
しかも、このやり取りを通がかりに聞いていた泉田さんが尋ねる。

「木津さんって、宇佐原のために夜食まで作ってるの?」

顔面から血の気が引き、冷や汗が出たけれど、夜食の中身まではばれていないはずと、素知らぬ顔で答える。

「そうなんですよ、いろいろ注文が多くて」

「ふーん? ただの、″親友″にお弁当作らせてるだけでも、やりすぎだろって見てたけどね」

にやっと笑って去っていく泉田さんのうしろ姿を見ながら赤くなる。

あれ?
泉田さんにお弁当作ってた話したっけ?
もしかして、あの頃からばれていた?

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