欲しいのに悲しくて


ーーー「おめでとう菜子」

『ありがとうございます。先輩…』ーーー


あの人の自信有り気な声色が

あの人の勝ち誇ったような表情が

あの人の男の人を誘惑する薔薇のような香りが……


全部、『私の方が彼に愛されてる』と言わんばかりで、彼から優しくされればされるほどにそれが思い出されて不安を煽る。

その極めつけが……


『あいしてる』


この言葉が欲しかった。

このたった5文字の言葉さえ貰えたらあの人に勝てる気がした。

でも、実際はたった5文字が私をどん底に突き落とした。


「……っ。愛してるのにっ……!」


そう、愛してるのは私だけ。

気付いてしまった。言われた瞬間、目が合ってはいても、瞳の奥は私を見てない事に。

ううん…本当は気付いてた。気づいてたよ。

あなたが私を愛してるんじゃない事に。

だけど、気付かないふりをしていたかった。

私の気のせいだと思いたかった。


ねぇ、あなたが本当に愛してる物はなんですか?

私の社長令嬢という肩書き?

それでもたらされるであろう地位?

それとも……


ううん…もう、そんなものは良いから。

愛してるなんて悲しい言葉は欲しくないから。

偽りの優しさでも与えてくれるならそれでも良いから。


今のたった1つの願いは……


お願いだから、あの人の香りを纏わないで帰ってきて。





【END】








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