滴る雫は甘くてほろ苦い媚薬
まさに恋は盲目なのだろう。
「部長、最近出勤してないですけどやっぱりあの喧嘩が原因で来てないとか…でしょうか」
彼女も蒼の連日欠勤が気になるようだ。
もしかしたら自分のせいだと思い込んでいるかもしれない。
「どうだろうね、でもすぐに戻ってくるんじゃないかな?」
あの日以来、私自身も蒼とは連絡を取っていない。
ーーううん、違う。
怖くて取りたくても取れないのだ。
また冷たくあしらわれるんじゃないかと思うと、電話すら出来なかった。
「処分とか、ないですよね?」
冷たい北風が二人の間を颯爽と抜けていって、
私は靡く髪を押さえながら小さくため息をついた。
「大丈夫。大丈夫だよ、きっと」
ーーその同時刻。
屋上から真下にある社長室。
冷たい冬の乾燥した空気など微塵も感じないほど室内は温かい。
「ーー部下と殴り合いの喧嘩をしたんだって?」
牛皮の大きなデスクチェアーに座った社長が前を見つめながら呟く。
その目線の先にいるのは、
私服姿の蒼だった。