星空の四重奏【完】




さて、この日がとうとう訪れてしまった。


しかしあまりにも余興というか、前兆というか、事の重大さがわかるような出来事がなかったため実感はないに等しい。

げんに、緊張感はない。


集まった適応者は述べ300人ほど。これはブランチの適応者の3分の2ぐらいである。

あとの3分の1は現の世界で待機、或いは間に合わなかった者だ。

魔物が一般人を捲き込まないとも限らないため、現の世界側で本部やゲルベルの森付近を巡回させることにした。


しかも、『我ら』によれば合戦は夜になるとのこと。

魔物の力が強くなるのは夜。影である彼らにとって夜は最適な環境となっている。

神類の力がなぜ夜に増幅されるのかは不明な点が多いが、マーキュリーの推測によると、月や星のパワーが影響を与えているのではないか、とのこと。


神類のいた世界では星というのはもっと身近にあったらしい。

というのも、星から生命力をもらっていたとか。

神類それぞれに星が存在しており、神類が誕生すれば、新しい星も誕生する、というシーナたちからすれば常識外れなことが起こるというのだ。



「マークさんは水星、ヴィーナスさんは金星、マーズさんは火星、サターンは土星、とそれぞれ惑星を持っていて、力をもらっていたそうです」



と、シーナにロイが説明していた。


それと共に、神類が死ねば、星も死ぬのだという。死期が近いと、星の輝きも弱くなる。逆に、嬉しかったり楽しかったりすると輝きは増す。

そんな風に、神類にとって星は相棒なのだとか。

神類の世界がどのような世界なのかはまったくわからないが、こちらの世界よりも広く美しいらしい。

草木はカラフルに光を放ち、動物は皆大きく人懐こい。

そして、いつも星空が頭上を覆っている。手を伸ばせば掴めるのではないかと錯覚が起きるぐらい星が近く見える。



「こちらの世界よりも数倍素晴らしい、とサターンは言っていました。とにかく身体が重いと不満そうでしたね。重力が強すぎる、慣れるまでに時間がかかった、だそうです」



神類のいる世界では、最低限の重力しか働いておらず、少し地面を蹴るだけで樹木になっている果実が手に届くとか。

それを利用して、家を木の上に作ったり、上空から水を撒き植物を育てたり。

あまり地上では生活しないで暮らしているそうだ。だから地面をペタペタと歩くのは新鮮な感じがして案外楽しいらしい。



「僕たちにはまだまだわからないことがたくさんありますね」



と、ロイは感慨深そうに首を傾げていた。確かに理解し難いことはたくさんある。

他の世界に行こうなどと考え、さらには実行させてしまうとは。そんな命知らずな行為を果たして人間ができるのかと問われても、ほとんどが揃って首を横に振ることだろう。

人間は何よりも自分が可愛い生き物だ。

可愛いものを敬い愛でる。それは人間の習性と言えよう。それを最優先にし、他は二の次。

公共の場で子供が泣いていようと、親でなければ白い目で見る。

拾ってください、と箱の中に押し合いへし合いくっついて震えている子猫がいようと、憐れに思うだけで何かしようとはしない。そもそもなぜ捨てるのだろうか。生き物に罪はないのに。


中には寛大な人間が策を練って対象することもある。しかし、それはごく僅か 。

だから、今どき戦争を、しかも異界の住人と殺り合うなどと最初に聞いても疑問に思う人は多かった。

そこを説得したのが、『我ら』だった。

戦争をすることを決めた以上、負けるわけにはいかない。そのときになれば本気を出すのだろうが、目的がはっきりとしていなければ満足に力を発揮できないのは周知のことだ。

今まで得体の知れない醜い物体だったものが、ある日突然自分の容姿をして現れたら誰もが驚くだろう。もしかしたらあの魔物だと聞かされても信じられないかもしれない。


実はあの花はあなたの生命そのものです。

ご覧ください。あの花は今まさに咲こうとしています。どういうことかわかりますか?

それは、あなたはこのあと良いことに恵まれるということなのです。


……いかがだろうか。花が咲きそうだから幸福が訪れ、枯れそうだから不幸が訪れる前兆。

そのようなことをいきなり説明されてもにわかには信じ難い。


そんなあり得ないことが、世界が繋がったことによって肯定されたのだ。本当はあってはならないこと。花とその人は繋がっている。

花が引っこ抜かれればその人は死に、その人が死ねば花も死ぬ。


適応者と神類。この2つが連結されて同時に死ぬことはない。しかし、どこかで親密に繋がっているのは歪めない。


なぜなら、神類に会った人間は皆、口を揃えて言うのだから。



「なにか、懐かしさを感じる」



懐かしさとは、身体のどこかに眠っている何かが反応を示しているということ。

それは、忘れた記憶の中に眠っている────





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