星空の四重奏【完】
「……寒いな」
「……うう。まつげが凍りそうです」
「防寒着を着ているのにこの寒さですか。厳しいですね」
「だから夜は止めようぜっつったんだよ俺は!」
バサラを発ってから早3日。4人は街を挟みながら徐々にフロンターレへと近づいていた。
しかし、それは極寒の地へと近づくことと同じこと。
そのため、夜に出歩くのは無謀なことなのだが……4人はその無謀なことをなぜかしていた。
「仕方ないだろう。奴等がはびこっていたんだ。恐らく待ち伏せをされたんだろう」
「あまり長居をしていては、街の住民に被害が出るかもしれませんし」
「じゃあ、なんだ?俺たちが奴等をバラまいてるって言いてぇのか?」
「はっきりと言えばそうです」
「めんどくさー……」
「す、すみません……わたしのせいですよね」
彼らは今だだっ広い草原を歩いている。だが、気温が低いため草木の丈も低い。
つまり、影が少ないのだ。これなら奴等も無闇に襲っては来ないだろう、ということでこのルートにした。
しかし寒い。
「シーナのせいではない。奴等のせいだ」
「ごもっともです。シーナさんのことは諦めれば済むことなんですけどね」
「なーのになぜか執念深くねちねちと追い掛け回しやがって!ストーカーかよ!」
「……ぷっ。ストーカー……」
「だってそうだろ?アイツらも相当暇だよなー」
「……暇、なのだろうか」
「レンさん?」
サラの隣を歩いていたレンの呟きがぼそっと聞こえ、声をかけたシーナ。前を歩く2人には聞こえなかったようだ。
レンは難しい顔をしているが、無視をしたのか聞こえなかっただけなのか、シーナの声には反応しなかった。
「……つか、ちょーさみぃな。なんとかならねぇのか?」
「なんとかって、言われても困ります。僕だって寒いんですから」
「……野宿するか」
「はあ!?ここでか?バカだろ。凍え死ぬだろーが!」
レンの言葉にギルシードが振り返り反論をした。腕を組みなるべく熱が放出しないようにしている。
しかし、声だけは大きい。怒鳴っていれば温かくなれそうな程だ。
「テントも毛布もある。問題はない」
「ギルさん。歩いている方が寒いと思いますけど」
「んなこたぁわかってんだよ!俺が言いてぇのは、野宿するっつったって最適な場所がねぇっつーことだ!」
「……わかりづらいです。いくら簡略化した話し方とは言え、やりすぎです」
「ああ!?」
「まあまあ、2人とも追いついてください。でも、喧嘩すれば温かくなるんですかね」
「……そうでもありませんよ」
真剣な顔つきでシーナにそう言われ、苦笑をする2人。行き場のない寒さに対する不満を、愚痴として発散していただけだからだ。
口だけを動かしていても、さほど効果はないと見える。
「あそこに低いが大きい木がある。それにテントを固定すれば風で飛ばされる心配はないだろう」
「え、どこですか?全然見えませんけど」
「ああー……結構遠くね?」
「ですが、あの木しか最適なところは無さそうですよ」
「え、どこですか?どこにあるんですか?」
きょろきょろと額に手を当て見回すシーナ。どうやら暗くて見つけられないらしく、自分だけ見つけられないのはおかしいと焦っているようだ。
そんなシーナを見てレンが話しかける。
「夜目が効くんだ、俺たちは」
「夜目、ですか?」
「暗くても目させ慣れれば風景が見えるようになるんです」
「つまり、俺らはそれほど夜出歩いていたっつーこったよ。な?」
「ああ。逆にシーナが夜目の効く人間だったら今までの生活を疑う」
「あははは……そんな物騒なことはしてませんよ」
「その物騒なことをしてたんですよ、僕たちは」
狩りに賭けにスリ。どれも物騒なことばかりだ。
3人がどのような生活だったのかと思い出し、シーナは、たいへんなんだな……と改めて思った。
シーナがはっと物思いから覚めると、目の前には木が1本見えて来た。無数に枝分かれし、広く低く平らにその太い枝が広がっている。
一同はその木の前で立ち止まった。
「意外と立派でしたね」
「遠くてわからなかったな」
「……わたしは見つけられなかったですけど」
「ふいー。疲れた。早くテント張ろーぜ」
それぞれテントを張ろうと動き出す。テントは2つ。いつもギルとロイ、レンとシーナが共に使っている。シーナは最初反対していたが、なぜ俺を気にするんだ?というレンの失礼な言葉で落ち着いた。
反論しようにもボロが出そうになってしまったらしく、それ以来不満を言って来ない。
「レンさん、焼き芋ください!」
「まだ熱いぞ」
「その熱が今すぐ欲しいんです!」
「火傷をしないように気をつけろ」
「わかってます!……あちっ!」
今日の夕飯は焼き芋とスープ。宿の食事よりは劣っているが仕方ない。
後ろの大木から失礼して枝を取り、焚き火に使い芋を焼いた。
スープの入った缶は焚き火の上に吊るし温めた。効率が良いだろうとロイが提案したのだ。
そして、シーナはレンから串に刺さった焼き芋を受け取るもやはり熱く、半分にしようとしたが敢えなく断念。しかも焼き芋が地面に落ちそうになり、慌てて太股に乗せた。
太股からの熱が心地良い。
「あったかーい……」
「しばらくそうしているんだな」
「レン、俺にもくれよー」
「自分で取れ」
「えー冷たくねぇ?エコひいきだ!」
「……」
ギルシードのブーイングを完全に無視するレン。地面に置いていたスープのお椀に手を伸ばし、スプーンで掬って食べ始めた。
ギルシードは舌打ちをするもニヤニヤとしている。
(ちゃっかりシーナには甘いんだよなー。どういう心境かは知らないけどよ)
ギルシードがあまりにもニヤけているため、ロイは気持ち悪く思い茶化す。
「ギルさん何ニヤついてるんですか。ドMですか」
「はあ?俺はどっちかっつーとS……じゃねぇし!何言ってんだよおまえ!」
「レンさんに無視されたのに笑ってるからです」
「それは……まあ、アレだ」
「アレ、ですか……アレと言われてもわかりませんが、そういうことにしておきましょう」
「そういうことにしてくれ」
「ギルさんはドM「んなわけねーだろーが!」
「……ふふふ」
シーナは2人のやり取りを見ながらクスクスと笑った。放置していたらちょうど良い温かさになったため、芋を半分に割る。
そして、もう半分をレンにあげた。
「はい、レンさん。何を考えているのかはわかりませんが、そんなに難しそうな顔しないでください」
「あ?ああ……ありがとう。そんなに変な顔しているのか俺は」
「変じゃないですけど……怖い顔してます」
「……怖い、か。最近は言われたことは無かったからな、なんだか新鮮だ」
「最近は、ですか?」
「お、何の話だ?何か暗いムードが漂ってるけどよ」
「いえ……その……」
「口を挟んじゃダメですよギルさん。もう寝ましょう」
「あ?まだはえーだろ」
「まだでも関係ありません。知ってるんですからね僕は。昨夜はずっとお金を数え「だー!わーったよ寝るから言うな!」
「では、お先に失礼します」
「あ、おやすみなさい」
半ば引っ張られるようにして連れて行かれたロイと、引っ張って行ったギルシードはテントに入った。
騒がしい2人がいなくなりしーんと静まりかえる外。風に揺れてさわさわと草が擦れる音が聞こえるだけだ。
どこか遠くで動物の遠吠えが聞こえて来たのを合図に、レンが口を開く。
「俺はきみと同様孤児だった。だからだろうな、目付きが悪い、怖い、と同年代の子供から恐れられ、遠巻きに好奇な目で見られていた」
「レンさんの目付きがですか?こんなに優しいのに……」
「……ふっ」
「え、あ、その……続きをどうぞ」
シーナの言葉に柔らかく笑ったレン。その表情を見てシーナは俯いた。
……意識してしまったらどうしようもなくなってしまうだろう。
「俺は全然覚えていないが、俺が発見されたのは影の世界だったらしい」
「現の世界ではなく?」
「ああ。そこでふらふらとさ迷っていた俺を見つけたのがマスターだ。マスターとおばさんは俺を保護し、育ててくれた」
「だからあんなに仲が良いんですね」
「ああ。マスターたちは子供に恵まれず悩んでいたらしい。そこに俺の登場だ。迷わず意見は一致したそうだ」
レンの話は、続く。