星空の四重奏【完】




「みんなー!ここだよー!ここー!」

「……はあ、やっと着いたぜ」

「なんであんなに元気なんでしょうか」

「お転婆だからな……」

「レーン!お転婆って言わないでよー!」

「「地獄耳?!」」

「……昔からだ」




トンネルまで向かうこと……向かうこと……夕方。朝早くから歩き始めたはずが、目的地に辿り着いたのは夕陽が傾く時間だった。

トリカはずんずんと先頭をきって歩き、道案内をしてくれたが……実は事あるごとに立ち止まったりしたのだ。

なぜなら、トリカの動物愛は生半可な代物ではなかったからだ。


あの動物の名前は……だとか、怪我してるから治療しなきゃ……だとか、あの動物の習性は……だとか、目敏(めざと)い程に説明し、その度に進むスピードが落ちたのだ。

周りは早く進むように催促したが、聞く耳持たずな様子で上機嫌に話していた。さらに、シーナが興味深そうに質問をしたせいで長引いてしまったり、体験談も交えてトリカが補足をしたりしてしまったせいで大幅な時間のロスをした。

そのため、こうしてトンネルまで着くのに時間がかかり過ぎてしまった、と……



「なんで、あんなに歩くの速いんだ?」

「お転「だーかーらー!言わないでー!」

「……本能だろうな。大自然の中で好き好んで生活しているんだ。それ相応の能力のひとつや2つは付くだろう」

「地獄耳、とか?」

「いや、それは備え付けられた天性のようだが」

「……」




トリカは歩くのが速く、サラでさえ時々焦ったように後ろをついていく時があった。

トリカの少し後ろにシーナとサラ、さらにかなり後ろに男3人の間隔を開いたまま歩いた。

トリカがつい先程トンネルに着き、続いてシーナたち、そして3人が着こうとしている。


3人は口々にこそこそと話していたが、離れたトリカには聞こえるらしく大声を出されて注意された。

特にレンへの叱咤が厳しく、された本人は肩を竦めるばかりだ。



そうこうするうちに、全員がトンネルに辿り着いていた。




「……でか」

「ね。作られた由来も時代も用途も全くわからないの。まさに謎が多い古代の遺物。でも使わない手は無いから、ありがたく使わせてもらってるけど」



皆の前に佇んでいるのは、ぽっかりと山に空いた大きな穴。石造りで、人間の身長にしては随分と余裕がある。

しかし、向こうには小さな丸い明かりが見えるため、きちんと貫通したトンネルだということが窺える。


シーナはサラから降りて、口をぽかんと開けてただただ見上げるしかなかった。




「ここには奴等はいないのか?」

「それがね、不明なのよまだ。遭遇した人はいないみたいだけど、用心した方が良いわ。何かがあってからじゃ遅いから」

「よし、行くか」

「ちょっとレン!これから日が沈むのにもう行っちゃうの?」

「そのつもりだが」

「奴等は夜行性なのよ?飛んで火に入る夏の虫と同じじゃないの!」

「ここからあそこまでどれぐらいかかる?」



トリカの慌てた指摘にも動じず、レンは丸い光……出口を指差した。

しかし、夕陽もほとんど見えなくなってしまったため、その光は弱々しく見える。


それがトリカの不安を掻き立てたと言っても過言ではない。



「え?ええっと……馬の足で3時間ぐらいかしら。歩きだと5時間ぐらいだと思う」

「5時間か……それなら、進む」

「だから、無謀だってば!病人もいるのよ?」

「あ、わたしはお気になさらず……」



急に自分の事が話題に出て、ぽかんと開けていた口をいっきに引き結び、そう答えた。

そんなシーナをレンはただ見つめるばかりだ。



「だからこそ、だ。向こうに着いてしまえばしばらく安泰だ」

「安泰って……そこまでの道のりが安泰じゃないのよ!明日でも良いじゃない!」

「明日は……止めた方が良い」

「なんでよ?」

「雨が降る」

「……」




レンが述べた理由にトリカ以外が首を捻る。

空は快晴に見え、すっかり暗くなってしまった闇に、星が鮮やかに光り輝いているのが窺える。

この空のいったいどこに雨の降る要素があるというのだろうか。



「……それは確かなの?」

「ああ。直感的にそう思った。さらに、雨はやがて雪になると思う」

「相変わらずの直感的な思考判断ね。でもそれを無下にはできないのがなんだか悔しいけど」

「すみません、何のお話をしているんですか?僕たちには全くわからないのですが」

「あ、ごめん。説明するわ。

レンはね、昔から勘がよく働くの。それも、動物並みに。そのおかげで、助けられたと言っても過言じゃないわ。

昔ね、団体行動をするように指示されていたのに単独行動をしたいと急に言い出した時があったの。その時はみんな彼を冷めた目で見ていたわ。でも、奴等と戦っている時に、団体行動をしたことが仇になって囲まれてしまったの。奴等もバカじゃないし。

なかなか輪から脱け出せずにいたけど、レンが助けに来てくれて窮地に一生を得たのよ。それからレンは一目置かれる存在になったわけ。

その時に聞いたのよ、なんで単独行動を取ったの?って」

「俺は、なんとなく固まっていたら危険だと思っただけだ、と答えた。理由はない。ただ頭の中に浮かんだだけなんだ」

「それからも何度かそんな感じの事が起きて、レンには第六感みたいな物があるんだってことになったわ。

あ、そうそう。助けに来てくれてた時にね、いきなり闇から現れたから漆黒なんていう異名がついたんだ。全く気配が無いもんだから、彼の方が影っぽくて少し怖かったわ」

「それ本人の前で言うか?」

「別に良いじゃないの。見た感じあんたらは会って間もないみたいだし。少しはレンの事を教えてあげようと思ったのよ。さ、早く行けば?まだまだ寒くなるわよ?」

「……そうさせてもらう」




4人はトンネルの中へと歩き出した。

すっかり暗くなってしまったため、ランプを掲げて進む。

シーナは後ろを振り返り、トリカに手を降った。動物の蘊蓄(うんちく)を教えてもらっていた間に、いつの間にか仲良くなっていたようだ。

トリカは片手は腰に当て、もう片方で手を振り返す。女性にしては高身長なトリカの姿が小さくなっていく。

しばらく彼女を見つめていたシーナは、前を向く。ギルシードが掲げているランプの炎がゆらゆらと揺れているのが目の前にちらつく。

しかし、それでも進む。



何が現れようと。何が起きようと。



彼らの物語は、まだ始まったばかり。



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