星空の四重奏【完】



「マジで頭いてー……」

「情けないですね」

「おまえはレアなんだ。稀なんだ。あんなに飲んでけろっとしてられるなんて、化けもんにしか見えねー」

「あれしか飲んでいないのに二日酔いになる方がレアで稀です」

「……」

「あ、シーナさんは気にしないでください。男として情けないという話ですから」

「あ?俺だけに言ってんのか?」

「そうですが」

「生意気なんだ……うぐっ」




威勢はどこへやら、手で口を押さえたかと思うとそそくさと立ち去ったギルシード。

その背中をやれやれ、とレンは思いながら見送った。


そのギルシードが立ち去ったテーブルの上には、食事は置かれていない。

なぜなら、無理しない方が身のためだと遠慮したからだ。


シーナは何度も往復した結果、回復してきたため食事をしている。

彼女も内心いつ嗚咽が来るかひやひやとしているのだが……




「あんなに弱いとは思ってませんでしたよ。でも、確かに賭けをしたときもあまり飲んでいないはずなのに、酔っ払っていた気がしますが」

「そうなのか?」

「声をかける前にちらちらとは様子を見ていたんですが、そこまで細かく観察していなかったのでなんとも言えませんけど」




会話はいったん終了し、食事の手を動かし始めた3人。

昨夜は飲んだり食ったりしていたものの、今後のことを考えると食べずにはいられなかった。


今日中に、ここを発つ。


そのため、胃袋に何かものを入れないとあのトンネルの道は切り抜けられないと思ったのである。

したがって、4人が顔を合わせて食事をするのはこれでしばらくお預けなのだ。



少し時間が経つと、ギルシードが食堂に戻って来た。心なしか顔色も赤みを取り戻した様に見える。

そのままこちらに向かって来ると思っていたが、彼のした行動に3人は揃って、げっ……と絶句した。


なんと、彼はそのまま厨房へと向かい食事を買ったのだ。

そして悠々とテーブルにトレーを置くと、皆の驚いたような視線も気にせず食べ始めた。




「大丈夫なんですか?」

「へーきへーき。だいぶ楽になった」

「楽にって……戻してしまったんですね」

「そーしたらよ、無性に腹が減っちまってよ。居ても立ってもいられなくなったわけだ」

「道中に戻してしまっても知りませんよ」

「心配いらねーよ。お節介だな」

「レンさん程でもありませんが」

「……」




実は、シーナはさっきの間にレンに尋ねたのだ。部屋に運んだのはレンなのか、と。

レンは肯定し、いつの間にか椅子で眠ってしまったのだと説明した。

ロイに変な誤解を招いて欲しくなく、袖を掴まれたから朝までいた、とは言わなかった。


その類の話題をロイは期待していた、とは知らずに。

そのため、ロイは内心舌打ちした。発展なしか……と。


その心情は、眼鏡によって隠されたポーカーフェイスで表には出ていない。



レンは気になっていることを口にする。




「みんなはこのあとどこに行くつもりなんだ?」

「僕はトゥルークの街に行こうかと思っていますよ」

「トゥルーク?ああ、水の都って呼ばれてる水上都市だよな」

「はい。あそこは学者が集まっているので、少し勉強しようかと。それに、あそこに近いのでランク上げには不自由しないと思いまして」

「あそこ、ですか?」

「シーナは知らないのか」

「はあ……」




頭の上に浮かんだハテナマークを見破ったレンは話しかける。

適応者の間で言うあそこ、とは、あそこしかない。




「ゲルベルの森、というのをご存知ですか?」



ロイの口から出た知らない単語に首を横に振るシーナ。

訝しげに続きを待つ。



「ゲルベルの森というのは、魔物の発祥地と呼ばれている森のことです。誰もその中心地に行ったことはありません。噂では、巣窟になっていて日々魔物が生まれているのではないかと言われています」

「ゲルベルの森……」

「そこの近くにある都市は最近被害が多くなってきている。そのため、ブランチも手をやいているのは確かだ」

「はい。ですので、僕は修行を積みたいんです」

「俺はちょうど、トゥルークとはあそこを挟んだとこにあるマガルテに行くつもりだ」

「そこは強者が集まる街ですよね。魔物の件でさらに集まって来るようになったとか」



ということは、この二人は途中まで同じ旅路を歩くということになる。

どうなることやら。




「シーナは?」

「わたし、ですか?」




突然レンから話をふられきょどったシーナ。

彼女も心に決めたことがある。




「わたしは、レンさんがいた施設で働こうかと思っています」

「……そうか」

「ああ、例の」

「はい。実は今朝、施設の人のジェムニという女性がわたしの部屋を訪ねて来たんです」

「へー」





そう、あのときシーナの元を訪れたのはジェムニだったのだ。

シーナは部屋の中に入ってもいいか、というジェムニの希望であっさりと部屋に通した。



「単刀直入に言うと、あんたは非常に危険な
状態だよ」

「はあ……」




シーナはまだ二日酔いで思考が遅く、気の抜けた声を出した。そんなシーナを静かに見つめながらジェムニは説明した。


どうやらシーナには強大な力が秘められているらしく、それはまだ覚醒していない。

もし、突然覚醒してしまったら、最悪の場合死に至るという。

身体も精神も力によって壊され、暴走を始めるとか。


そうなれば、魔物を引き寄せ凡人にも影響を及ぼすことになるだろう。




「だから、あんたには訓練が必要だよ。自分の力を把握してもらわなくちゃならない。施設で子供たちと行動を共にしてもらう。

あそこを出れば実力は3つ星ランクぐらいには自然となる。どうだい、施設に来る気はないかい?」

「あそこに……」

「幸い、子供たちの数は安定している。あんたの訓練をあたしが直に指導することができるのさ。手遅れになる前に手を打っとかないとね」

「こんなわたしが行ったら、迷惑になりませんか?」

「あんたはどんだけ引っ込み思案なんだい?迷惑になんてなりゃしないよ。暴走されちまった方が迷惑さ」

「……よろしく、お願いします」

「しっかり、聞いたからね。見送った後おいでよ」

「はい」





……これが、今朝の出来事である。





< 37 / 122 >

この作品をシェア

pagetop