星空の四重奏【完】
レン′s *Solo*
あれから、1年半が経った。
彼らとは2年後に会う約束をした。
しかし、ここ、ブランチの本部には適応者が緊急召集された。
もちろん、この中のどこかに彼らがいるはずだ。
緊急召集された理由はわからない。恐らく、このあと公表されるだろう。
ここにいる適応者はブランチに全員属している。ランク関係なしに集められたところを見ると、適応者だけに関係しているのは間違いない。
良い報せではなさそうだ、と俺は思う。
この1年半で、俺には色々あった。
ランクが上がったのは勿論のことだが、この目で確かめたことはにわかには信じ難い。
隣できょろきょろとしているトリカと共に、デカル教について探っていた。
噂の人柱のことも含め、どの範囲まで拡大しているのかの把握調査もしなければならなかった。
いわゆる聞き込み調査も敢行し、その実態を暴こうとした。そして、ある衝撃的なことを目にした。継続的に確定するまで見る必要があった。
が、この召集がかかりいったん中断せざるを得なかった。
「うーん……同期もかなりいるみたい」
「いない方がおかしいだろ」
「そりゃそうか。先輩も後輩もいる。みんな変わったなー」
「……変わっていないのはきみぐらいだろう」
「レンも変わったもんねー、昔から」
じとっと見つめられ目を反らす。
彼女が言いたいことは大体わかる。
トリカと行動を共にしていたわけだが、昔の俺だったらトリカなど放っておいただろう。
しかし、彼女には彼女なりの考えがあり従うこともしばしばあった。
要するに、俺が他人と歩調を合わせていたことに驚いた、ということだ。
……もう子供では、ない。
「皆の者、静粛に」
いつの間にか目の前の壇上にひとりの男が立っていた。
彼は本部の主要人物であり、長を務めている。
直接話したことはないが、養護施設で数度見かけたことがある。
「あ、おっちゃんだ」
「は?」
「や、ジェムニさんがおっちゃんって呼んでて……!」
トリカが小声で話していると、彼の鋭い目が無言で見つめてきた。その威圧感にさすがのトリカも口を紡ぐ。
長は静かに、かつ響き渡る声で言った。
「召集した理由を知らない者が多いだろう。それを今から説明する」
俺は無意識に唾をごくりと飲み込んだ。
ただならぬ雰囲気が辺りを包み込む。
「普段、我々が言っている『力』の正体が判明した」
力の正体……?
皆も疑問に思っているのだろう、少しどよめきが走る。
トリカも浮かない顔をしている。
力……俺たちはそれを影の世界とこちらの世界を、いかに安全に行き来できるかの力量だと思っていた。
弱ければ弱い程影の世界に行きづらい、つまり普通の人間に近い状態である、と認識していた。
しかし、その考えは彼の言葉によって覆された。
「我々の見解は大いに間違っていたのだ。『力』とは……」
そこで躊躇うような間が空く。
長の次の言葉が気になり固唾を飲んで皆が見つめる中、彼は驚くべきことを言った。
「……どれだけ我々が魔物に近いか、ということなのだ」
一瞬の沈黙。
しかし、意味を理解した適応者たちは途端にざわめきだす。
それは波が押し寄せるごとく、不安をも伝染させた。
「え、なに?おっちゃんなんて言ったの?」
「……」
「ねえねえ」
「……」
「ねえってば!」
トリカが俺の腕を掴んで揺さぶる。
彼女も意味を理解しているはずなのに、受け入れられずにわざとそうしているのだ。
……俺も、できればそうやって焦りをぶつけたい。
「静粛に!」
また長の喝が入り場が鎮まる。
しかし、先ほどの沈黙よりも空気が震えを抑えられずに人々にぶち当たり、今にも人々が暴れて出してしまいそうに感じた。
「詳しい説明は、この者にしてもらう」
長と入れ代わるようにして壇上に立ったのは、背の高く、黒ぶち眼鏡をしておりいかにも知的な顔をした男性が立っていた。
黒いコートに身を包み、あの頃の幼さが微塵も感じられない程オーラが鋭い。
「あの子って……」
トリカの呟きに、思わず俺も答えるようにして呟いた。呟いた瞬間、彼が一瞬こちらを見た気がした。
「ロイ……」
彼は俺の方から視線をふいっと外し巡らせたあと、少し低くなった声色で話し出す。
「僕はある結論に達しました」
ロイは寡黙な表情で声を張り上げる。
「僕の家では代々適応者はひとりもいませんでした。しかし、ある日突然、適応者である僕が産まれた。すなわち、『力』は遺伝ではないことが判明しているということです」
確か彼は、自分のせいで家族が危険な目にあったと言っていた。
自分に関わると、痛い目に会う、と。
推測するに、自分だけが適応者であったがために家族が意味嫌われ、さらには恐怖の対象として殺されそうになった。
自分がいなければ、穏やかな家族でいられたはずなのに。自分さえ産まれて来なければ家族が襲われることにならなかったのに。
しかし、それは人間からの差別のみの話である。
もしかしたら、魔物に家族や近所が襲われ家から出ることしか選択肢がなかったのかもしれない。
いずれにしろ、彼にとってはトラウマとなりいつまでも心の中で居座っている忌み事なのだろう。
「そして、ゲルベルの森に近いトゥルークで僕は記録をつけていました」
記録……なんの記録だというのだろう。
「僕は適応者の子供が産まれるとき、影の世界では何が起きているのかが知りたかった。そのため、妊婦がいる家を訪問し、その家を然り気無く観察し始めました」
そして、彼は見たそうだ。
妊婦が陣痛によって悶えているまさにそのとき、影の世界で起きていた出来事を。
それは……
影の世界に、なぜか赤ん坊の影がその寝台の上に横たわっていた。そこに魔物たちが集まり次々と赤ん坊を抱いたり触り始めた。
すると、赤ん坊の影の半身が魔物と同化し始め、また戻ったのだ。
そして、赤ん坊の影はふっと消えた。
彼は慌てて元の世界へと戻った。
そこには妊婦に抱かれた赤ん坊がいた。目立った外傷はなく、普通の赤ん坊となんら変わりはなかった。
しかし、月日が経つにつれ、その頭角を現し始めた。
親の話によれば、気がつくといなくなっていたことが多いという。
そして、探し始めるといきなりどこからか現れるそうだ。ちょうどそれは歩き始めた頃で、好奇心が旺盛な時期。
影の世界で赤ん坊は何をしているのだろう、と彼はそのあとをつけた。
すると、魔物が案の定赤ん坊に群がって来た。
彼は身構えたが様子が何やらおかしい。まったく襲われる気配がしない。
そして驚くべきことに、魔物は赤ん坊に構い始めた。
かけっこをしたり、頭を撫でたり。
まるで、親子さながらに面倒を見始めた。しかし、赤ん坊はついに泣き出した。
恐らく、元の世界が恋しくなったのだろう。魔物はすんなりとそんな赤ん坊を帰した。
ロイは慌てて魔物の前に出た。いつもなら襲われるはずだが、なぜか襲われなかった。
前に立ちはだかったにも関わらず、魔物は彼の横を素通りした。
パッと振り返って見たが、魔物はいなくなっていた。
今度は彼は別の子供、3歳ぐらいの適応者とみられる子供との接触を開始した。
その子供は言葉を単語でなら話せるまでに成長していた。そのため直接聞いてみた。
魔物は怖くないのか、と。
子供は答えた。
なんで?優しいよ。楽しいよ。
と、屈託のない笑顔を向けたという。
彼は6歳ぐらいの適応者である子供との接触も試みた。しかし、その子供は魔物と遊んだということはすっかり忘れていた。
さらに、魔物が怖い、とも言っていた。
彼は子供たちの感想、行動を書き留めて記録した。
そしてある日、決定的な瞬間を目撃したのだ。