星空の四重奏【完】
いや、レン自身気づいていた。だが敢えて疑問を口にした。
自分自身でも信じられなかったからだ。
「はあ……おい、どうした……んだ…?」
ギルシードはレンの横に着いて、息を整えるとレンを見上げた。しかし、その表情に言葉を失う。
レンは眉をひそめ、前をじっと見つめていた。
つられてギルシードもその方向を見る。ロイも追い付き同じ方向を見た。
「んだよ……あれ……」
「鳥籠ですね……」
ロイの言った通り、頼りない老巨木に吊り下げられているのは大きな鋼の鳥籠。
その下で待ち構えるようにして魔物が居座り、中にはその木を登ろうとしている魔物もいる。
そして、それを阻止しようと飛躍する小さな影。
……本当に、影なのだ。
輪郭はあるものの、影なのだ。真っ黒な人型の塊。しかし、その手には剣の形をした影の塊が握られている。
その剣を振り回しながら次々と魔物を倒していた。登ってくるやつすべてを。
まるで、あの鳥籠を護っているようだ。
「なあ、どうなってんだ?これ」
「わからないんですか」
「ああ?」
少し怒ったような口調のロイ。そんな彼に怪訝な表情をしたギルシード。
レンが代わりに説明する。
「あの鳥籠の中にいるのは……シーナの影だ」
「なっ!」
ギルシードは弾かれたようにバッと鳥籠を向き、目を細めて鳥籠の中を確認する。
見えづらいが、そこには確かに女性の輪郭をした影がいた。
白い涙を流し、その涙は眼下に垂れては魔物の上にも零れ落ちていく。
その輝く礫(つぶて)を、魔物は争うかのように我先にと飲み込む。すると、その魔物の力が増幅されていくのが気配でわかった。
「……確かにあれはシーナだな、どう考えても。でもよ、あのちっこい影は何者なんだ?」
「あれは……俺だ」
「へ?」
「俺なんだ」
レンは自分に言い聞かせるようにして、二度呟いた。その声色からは感情は読み取れない。
予想外の返答にギルシードは間抜けな声を出した。ロイも驚いている。
「俺は二度、浄化したんだ」
「は?あれを二度経験したのか?そしたら……記憶が無いってことか?」
「ああ。マスターに見つけられる直前に、浄化していたらしい。言葉通り、それ以前の記憶は全くなかった。覚えていたのは名前ぐらいだ」
「でも、なぜあれがレンさん自身だってわかるんですか?」
「勘、だろ?」
ギルシードの答えに同意するように、レンは頷く。ロイも、ああ……と納得したようだ。
しかし、ここで時間を潰しているわけにもいかない。
「シーナの影を奪還するには……あの大群をどうにかするしかねぇな」
「ですが、ギルさんも気づいたでしょう?無垢な涙を喰らって奴等は力を増強させています。全部を倒すのはだいぶ骨が折れる作業ですよ」
「じゃあ、どうすっか……」
「俺とロイが囮になる。その内にギルシードはあの鳥籠からシーナの影を出してくれ」
「お、俺!?」
「あ、そうですね。多分あの鳥籠には鍵が掛かっているはず。だからちびレンはあそこで護ることしかできないんですよ。そこでギルさんの本領発揮です」
「ぷっ……ちびレン……」
「……俺たちには盗人の手際の良さは真似できない。だからギルシードに任せる。できるか?」
「ああ。頼りにされるのは悪くねぇ」
ロイのちびレン、という単語に噴いたギルシード。そんな彼を横目でちらっと見てからレンは頼んだ。
ギルシードは満足げに頷くと、ニヤリと口元を綻ばせた。
「久々に腕が鳴るぜ」
「では、俺たちは行く。タイミングを見計らって出てくれ」
「おーっす」
「ロイ、行くぞ!」
と、2人は木陰から躍り出た。一斉に魔物がそちらをギロリと向く。そして勢いよく飛び掛かって来た。
それらに応対する彼ら。
レンは背中にあった大剣のクレイモアを振りかざし凪ぎ払う。ロイは身軽に攻撃を避けながらナイフや銃、体術を駆使して確実に仕留めている。
関心が完全に別に向いたことを確認して、木陰からそそくさと飛び出し大木を登り始める。
思ったよりも登り易かったため、呆気なく鳥籠までたどり着いた。
その途中から、ちびレンがぴたりと後ろをつけてくる。ギルシードはそれを無視しながら懐からニマニマと笑いながら取り出したのは……
針金。
それを鍵穴に突っ込み、口笛を吹きそうなくらい上機嫌で難なく解錠した。
カチャリと気持ちの良い音を聞き、針金をしまい鍵を取り払うと、音を立てないようにそうっと扉を開けた。
途端にちびレンが中に忍び込み、シーナの影を背負った。ギルシードはその素早さに驚いたが、長居は無用なためちびレンの跡を追う。
身を翻しながら木を降りると、異変に気づいた魔物の一体がこちらを向いた。咄嗟に大木の陰に隠れる。
上手くやっていたつもりだったが……久し振りなため爪が甘かったようだ。
鳥籠の扉を閉め忘れたのだ。
その現状に気づいたその魔物が雄叫びを上げる。それで他の魔物も現状に気づき、ギルシードがいるところに迫って来た。
「やっべ!」
ギルシードはその迫力に顔を歪ませると一目散に逃げる。
が、地上に逃げれば命は無いと思い木を再び登り始めた。頂上を目指すが、何せ老木なため枝が細く脆い。
登れたのは鳥籠のところぐらいまでの高さだった。その事実に顔を青くさせるギルシード。冷や汗がキラリと光って見えた。
レンが叫ぶ。
「飛び降りろ!受け止める!」
「無茶言うな!」
「いいから!」
「無理だろ!」
「俺を信じろ!」
「だから「バカ野郎!死にたいのかおまえは!」
レンからそんな乱暴な言葉を聞いたことがなかったギルシードは、目を見開いてレンを見下ろす。
彼の真っ黒な瞳には、強い光を感じた。
その瞳に魅せられ、ギルシードは決意する。
(俺にだって、根性はあるんだからなー!)
「うおーっ!!!」
ギルシードは雄叫びを上げながら意を決して飛び降りた。風が耳の横で爆音を鳴らす。
ギルシードの腕を魔物が掴もうとしたが、それをロイがすかさず銃で阻止した。
ギルシードが足を下にして落下していると、レンが待機していた。
レンは衝撃を逃がすように少し膝を折りながら見事ギルシードをキャッチした。
……が、ギルシードはお礼を言う前に騒ぎだした。
「なんでお姫様抱っこなんだぁ!?」
「気にするな。ロイ!俺!行くぞ!」
「気にするな、は酷くね?つーか無いだろマジで!くそっ!ロイ!てめー笑ってんじゃねぇ!!」
「え?わ、笑ってな……ククク……んかいませ……グフッ……」
「ちっきしょーがぁ!!!」
ロイは口元を押さえながら肩を揺らし、暴れるギルシードを抱きながらレンはため息を吐き、ちびレンはシーナの影を背負いながらおとなしくその後ろをついて走る。
その一行を魔物は追いかけるも、森の闇へとその姿を消されてしまったため諦めた。
その代わりに、どこまでもいつまでも、いくつものドスの効いた咆哮が響き渡っていたのだった。