星空の四重奏【完】
男とは……もちろんギルシードのことだが、今は掃除した兵士の服を拝借し、変装をして忘れ物を届けに行っている最中である。
そして、料理長を務めているという男に渡すよう、近くにいたメイドに渡した。
ちょうど、そのメイドは男を知っているようで、我ながら運が良い男だぜ!と心を弾ませながらロイの待つ部屋へと戻って行った。
なぜ、ギルシードがこんな行動をしているのかと言うと、それは朝まで遡ることになる。
「ロイもやるやつだな」
「まさか、あの銃にメモが隠されていたとは」
パーティーが明日に迫って来ていたため、昨日見つけた銃を何気なく弄っていたギルシードは、紙切れが一枚ホルダーのところに挟まっていることに気づいた。
その銃は、レンがロイの部屋に行きなにか手掛かりはないかと探し回っていると、ベッドの下から出て来た物だ。
見つけ出されたメモには、小さい字でこう書かれていた。
『城の二階、護衛は2人ほど。恐らく僕はそこに収容される。以前と同じところだ』
城の二階、以前と同じ。
ということは、地下とかではなく部屋に閉じ込められるということだろうか。
「師匠。この部屋のこと知ってるか?」
「ん?……ああ、ロイから聞いたことあったなぁ。殺風景な部屋で窓はなし。彼はきっと、牢屋に息子を入れたくなかったんだろうね。そして、今回も同じ部屋になるだろうとロイは予測して、メモを残した」
ちょうどそこを通りかかった師匠に声をかけてみた。
師匠は探偵のように顎に手をあててそう推理する。レンもギルシードもなるほど、と納得した。
「俺はパーティーの途中で抜け出し二階を目指す。レンは時間を見計らって適当に出てくれ」
「それなら俺は行く必要ないと思うが……」
「いきなりキャンセルされれば俺が疑われるだろーが。それに、味方は多い方がいい」
「……わかった。ギルシードの所在を聞かれたときは俺が曖昧に対処する」
「助かるぜ。落ち合うのはこの家だな。念のため師匠は外出禁止な」
「うむ。問題ない。問題があるのは君たちの方だ」
「は?」
「君たちは素性を知られている。変装をしなくてはね」
師匠はにやりと意地悪な笑みを見せたかと思うと、奥から何なら箱を取って来た。
「それには何が入っているんですか?」
「ふふふ……私の商売道具だよ。これで君たちには変装してもらうよ」
「……なんか、怖っ」
ギルシードは空気に飲まれそんなことを口走ったが、怖いことはひとつもなかった。
レンはその紺色の髪を黒に染め、ギルシードは茶色の髪を赤く染めた。
それだけでも、随分と雰囲気が変わった。
「俺、似合わねー……レンはあんまり変わってないよな」
「そうか?違い過ぎて若干気持ち悪いんだが」
「うんうん、うまく染められてよかったよ。我ながら上出来。あとはお2人さんに任せるよ。バレないようにね」
「わーってるよ」
「ギルシードはまず言葉遣いからだな」
「げっ……そーだったぜ。レンは平気そうだもんな」
2人はそれから師匠にマナーを教わった。といってもそんなに特別なことはなく、姿勢の問題だった。
「ギルシード君、もっと背筋を伸ばして」
「おいおい、冗談だろ?普段猫背の俺に向かってそれは酷だぜ?」
「言葉遣い!」
「わ、わかりましたっ!」
「……ぷっ」
ギルシードは日頃の行いが悪いせいでみっちりと師匠に特訓されている。
レンはそんなギルシードの様子に思わず噴いてしまった。ギルシードはぎろりと睨む。
「よそ見しない!」
「はいっ!」
師匠に指摘されてしまい前を向かざるを得なくなったギルシード。レンはその繰り返しの多さに緩んだ頬が元に戻らなかった。
ある程度様になってきたところで終了となった。ギルシードはべたーっと机にへばりつく。
「疲れた……」
「お疲れ様。これでどこに行っても恥をかかなくてすむはずだね。明日も平気だよ」
「はあ……」
「そこまで普段だらしなかったんだな。これを気に少しは礼儀を知ったらどうだ」
「盗賊人生が長かった俺には無理な話だぜ。お行儀のいい男には一生なりたくねぇし。ご令嬢たちの話を聞いたときはさらに思ったぜ」
「それは女子だからだろう。男はそこまで要求されない」
「どうだか……」
女子はお嫁に行っても粗相のないようにするための英才教育であって、男など容姿端麗なら申し分ない。例え態度がデカくともそこは目を瞑ってくれるだろう。
それを知らないギルシードにとって、貴族ほど哀れなやつはいないと思っているようだった。
「明日はどんな感じだろーな。正直かったりーけどやるっきゃねーし。兄弟はロイに似てんのかな」
「いや、ロイは母親似だよ。だから見つかったんだと思うが。まあ、父親似でも時間の問題だっただろう」
「不便だな、似てるだけで見つかるなんてよ。まっ、だからこうやって変装するんだけどな」
ギルシードは赤くなった自身の毛先を弄っている。明日にはもう少し馴染んだ色合いになるだろう。
「昼食のリクエストはあるか?」
「俺なんでもいい」
「私も」
「……わかった」
(なんでもいいが一番困る……とは言えない)
レンは献立を頭の中で組み立てながら包丁を持った。
そして、しばらくしてトントンとまな板に包丁があたるリズムよい音が響き渡る。