星空の四重奏【完】
ト
今、会場内はしーんと静まりかえっていた……取り押さえられている男と、取り押さえているメイド……
そのメイドは……シーナだった。
時は遡り、シーナはまた注文を受けて飲み物を配達した。しかし、シーナはどうやらその注文した男に気に入られてしまい、ことあるごとに声をかけられていた。
「ねえ、少し話をしない?」
「いえ……今はちょっと」
またすれ違って。
「少しだけだから」
「あの……仕事中ですから」
そして……
「おい、俺の言うことが聞けないのかよ」
男は我慢の限界に達したのか、強引にシーナの行く手を遮って来た。シーナが避けそうとしても男も身体を移動させ阻止してくる。
手に持っているトレーで叩いてしまおうか、とシーナはそんなことが頭をよぎったが、相手は貴族だからと衝動を抑えていた。
しかし、そんなつばぜり合いにも終止符を打とうとシーナが隙を見て脇を通ろうとしたとき、男がシーナの腕を掴んできた。
シーナは無意識の内に恐怖が頭を駆け巡り、本能のままに男を床に捩じ伏せてしまった。
そのバターンと男が倒れる音で静寂が訪れる。周りの視線が集まり、シーナは慌てて身体を男から離した。
男は顔をしかめながら立ち上がり、激怒した。
「おまえ!俺に何しやがんだよ!俺は客だぞ客!マナーがなってねぇメイドだな!顔が良いから声をかけたってーだけで俺を床に倒すのか!?あ!?」
「ご、ごめんなさい……つい」
「つい、だぁ?謝って済む話じゃねぇんだよ!」
シーナは盛んに謝っているが、男は聞く耳をまったく持とうとしない。
シーナは腕を押さえながらしきりに腰を曲げている。
そんな騒ぎに周りにいた兵士たちが集まって来た。
「どうした」
「こいつが……俺を床に倒したんだ!いきなりだぜいきなり!俺は何もしてねぇのによ!」
「それは真か?」
「俺が嘘言ってるって思ってんのかよ!」
男はシーナを指でさして唾を撒き散らしながら兵士に説明する。
兵士はシーナをちらりと見た。視線が合いびくっと震える。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう……パックさんに迷惑かけちゃう……他の皆さんにも……せっかく楽しんでくれていたのに。だって……掴まれたところがちょうど……)
ちょうど……魔物に掴まれたことがあるところだったのだ。
レンと初めて会ったあの噴水のところで掴まれたトラウマ。あの感触は今でも忘れられない。
そのこともあって、シーナは過敏に反応してしまったのだ。
「そこのおまえ、今すぐここから出て行け」
兵士のひとりがシーナに告げた。シーナは何か言いたそうにしていたが、諦めて会場を出ようとする。
肩を落としているシーナには、周りの好奇な視線が付きまとっていた。
「「待て」」
別々の場所から同時に声が上がった。その2人は、ルートとレン。
お互いに顔を確認した2人は特に気にすることもなく、現場に近づいた。ルートが来たことにより、兵士は表情を変えた。
まず口を開いたのはルート。
「俺は、この男を出すべきだと思うが」
「はっ……恐れながら、理由をお聞かせ願えますか、ルート様」
「俺は見たぞ。この男が彼女の腕を掴むのを。それと、しきりに必要もなく話しかけていた。彼女は取り合っていなかったが、男の行為はエスカレートしていってたな」
「……シーナ、君は被害者だ。君が出て行く必要はない」
レンは優しくシーナに話しかける。シーナはレンを見、そしてその言葉を聞きほっとした表情になった。
シーナは立ち止まり、レンの近くに寄った。
「さあ、おまえはどっちが悪いと思う?しつこい男か、しつこい男に鉄槌を食らわせた女か」
「……おい、男を捕らえろ。ここから出せ」
質問を受けた兵士のひとりは、仲間にそう告げた。仲間はぞろぞろと男を取り囲み、腕を拘束し引きずる。
男は何やら抵抗しているようだが、焦りすぎて言葉になっていない。
そんな光景を冷めた目で一瞥した後、ルートはレンに言った。
「おまえら、何者だ?」
「「……」」
ルートは不敵な笑みで2人に問いかける。
レンは迷いもなく答えた。
「兄妹だ」
しかし、ルートは取り合わなかった。
「嘘つけ。全然似てねぇよ」
「それはそうだろう。義理なのだから」
「それにしちゃあ……お互いを見る目がそれじゃないな」
レンは無意識にシーナを引き寄せ肩を抱く。シーナは驚きながらもそれに従った。
相変わらず空気は不穏で、ギャラリーは一切言葉を発さずに息を飲んで見守っていた。
「そんなことは関係ない。仲間なのだから」
「どんな仲間だ?」
「それはきみの妹に聞くことだ」
レンの言葉でさっとセレナを見たルート。セレナはそれでも表情を崩さなかったが、観念したのかため息を吐いて近寄って来た。
相変わらず何を考えているのかはわからないが。
「お兄様、何か勘違いをしておりませんこと?」
「俺が?してねぇよ。そもそも考えちゃいねぇ」
「あら、そうでしたの。皆様、ちょっといいかしら」
セレナは堂々とした態度でギャラリーを見回す。そして、視線をルートに戻して宣言した。
「このお2人は、私が頼んで忍び込んでもらった方々なの」
「え」
シーナは小さな声を漏らしてしまったが、肩を抱いているレンに小声でシッといさめられた。
シーナは混乱しながらも素直に黙る。
「どういうことだ?」
ルートは顔をしかめて聞いた。そんな兄に対しても動ずることなくセレナは答える。
「皆様も薄々感づいているのではなくて?私たちがパーティーに乗り気ではないことを」
「は?おまえは最初乗り気だったじゃねぇかよ」
「それはそれ、今は今、ですわ。すでに私には心に決めた男がおりますの。それで、私はこんなパーティーをしている暇はないと思って、2人にお願いしたのですわ」
「……いろいろと疑問はあるが、俺もこんなパーティーとはオサラバしたいとちょうど思っていたんだ。おい、おまえ」
「え、は、はいっ!」
まだ残っていた兵士に向かってルートはめんどくさそうに告げる。
「お父様にこんなパーティーはもう二度と行うなと俺が言っていたと伝えて来い。それと、このパーティーをお開きにすることもな」
「私も言っていたと伝えてちょうだい」
「しょ、承知いたしました……」
その兵士は逃げるようにその場を後にした。
クビにされて明日はこの城にはいられないだろうな……と泣きそうになるのを堪えて。
「いいのか?そんなことをして」
「いいんだよ別に。お父様も何考えてんだかわからねぇしな。俺たちが乗り気じゃねぇのを承知の上で開催させた。それこそ失礼に当たると思わないか?」
「……まあ、そうだな。ひとつ聞きたいんだが、陛下がこのパーティーの開催を提案したのはいつだ?」
「5日ぐらい前よ」
「早っ……す、すみません……」
シーナはセレナの言葉に驚きすぎて声を上げてしまった。途端に恥ずかしくなり赤面しながら謝る。
そんなシーナにセレナはこれといって反応せず、ちらっと見ただけだった。
「5日か……まさか、な」
レンはその答えにぼそぼそと呟く。
セレナはそんなレンの様子に気づいたのか、大きな目を細くした。
「あなたも私と同じことをきっと考えているのでしょうね」
「……そうかもしれない」
「なんだ?」
レンとセレナだけで交わされた謎の言葉に、ルートは蚊帳の外に出されたような焦燥を感じ口をはさんだ。しかし、答えは返って来ない。
ルートがイライラとしていると、まもなくして会場の扉が開け放たれた。開けた兵士のひとりが大声で告げる。
「まことに恐縮ながら、今宵のパーティーはお開きとなりました。ご退出くださいませ」
兵士の言葉にギャラリーがやっと声を出す。蚊帳の外の外にいるような気分に陥っていたため、早くここから出たいと皆が思っていたのだ。
その言葉に甘え、ぞろぞろと参加者は去って行き残されたのは5人だけとなった。
レン、シーナ、ルート、セレナ、メリナである。
「これで、心置きなく話ができるわね、レンさん?」
「ああ」
「だから、なんなんだよ!俺も交ぜろ」
「そうねぇ……単刀直入に聞くわ。ロイお兄様のことをどう思ってらっしゃるの?」
「は?ロイ?あんなやつなんかどうも思ってねぇよ。可哀想なやつだとは見てて思うが」
「どちらなのかしら」
「……後者だ」
「なら、教えてあげる」
本当は前者に近いことを思っていたが、どうやら話はロイのことらしく嘘をついてまで蚊帳の中に入りたかったルート。
実際、ロイのことなど興味が無かったためどうでもよかった。
しかし、ここに頭を混乱させている人物が一名……
「ロイさん?ロイさんがどうしたんですか?それに、なんで名前を……」
「落ち着けシーナ。後でちゃんと話すから今はおとなしくしてくれ。でないと話が進まない」
「……わかり、ました」
シーナはしゅんとする。レンにそこまで命令されたことがなかったため、事の重大さを尊重しようと押し黙る。
セレナは気にした風でもなく、さらりと言葉にした。
「このパーティーは、ロイお兄様をここから出すためのお芝居。つまり、お父様の思惑通りに事が運ぶように城内を手薄にさせるための計画。私たちはまんまと駒にされたのね」
「……んだよそれ。意味わかんね」
「ここで立ち話をしていてはお邪魔になってしまうわね。場所を移しましょうか。そうねぇ……お庭にしましょう。こっちよ」
セレナは場外でおろおろと事の成り行きを見守っていたメイドたちに気を利かせ、場所を変えるようだ。
セレナの後ろを追って行く3人。ひとりぽつんと立っていたメリナだが、どうやら自分の兄弟についてのことらしいためかなり後方からついて行く。
やっと会場内に人がいなくなり、ほっと息をつく面々。片付けようと会場内に歩いて行く。が、あらぬことをひとりの女性は思い付いた。
「シャラルさーん。結構残ってますよぉ」
「うふふふ……想定外なことが起こったけれど、私は遂行するわよ」
仲間の言葉に不敵に笑ったシーナの教育係のシャラル。そして、同期のメイドたちもほくそ笑んだ。
「つまみ食い……し放題じゃないの!」
特売に殺到する主婦よろしく、パーティー会場はお腹を空かせた戦闘服姿の女性たちによりわらわらと戦場と化したのだった。