星空の四重奏【完】
ホ
「どうぞー、どうぞー、どうぞー」
と、今朝も聞いた声が聞こえて来たため、レンは振り向いた。
そこには踊り子……シーナの姿が。すっかりきらびやかな衣装に着替え化粧もし、一生懸命ビラを配っている。
だが、レンはそれを遠巻きに見るだけにする。彼女に気を使わせたくないのだ。
(アイツらもよくやるな)
アイツらとは、知らない男共。彼女目当てだろうか、しつこく声をかけている。しかし、彼女はそれを丁寧にあしらい、通行人にビラを配り続ける。
男共は無駄だとはっきりとわかったのか、その数を減らしていった。彼女は手慣れているらしい。
(それにしても、暇だ)
レンはまた歩き出す。ぶらぶらと歩き続け、太陽は真上でのんきに地上を照らし始めた。
レンは急に空腹を覚えると、近くにあった居酒屋に入る。そこは人気店らしく、まだ昼時にしては早いが繁盛していた。
レンは空いている席を探す。頭をきょろきょろとさせ、ようやく隅の方の席を見つけた。相席になるが、仕方ない。
「前、いいか?」
「どうぞどうぞ。ひとりですので」
「悪いな」
レンは、その空いている席の向かい側に座っている男性に話しかける。どこかで聞いたような声だと思ったが、後ろ姿では誰だかわからないレン。
とにかく席に座ると、なんとなく男性の正体がわかってしまった。
麺料理を夢中で啜っている男性の顔は前髪でよくわからないが、間違いなく勘は的中しているだろうとほくそ笑む。
男性はレンのことにまったく気づいていないようで、それがさらにおもしろい。
ウェイターに肉料理を頼んだ後、男性の頭を見つめるレン。よほどおかしいのか、ときどき口元を手で抑え笑いを噛み締める。
肉料理が運ばれ、ナイフとフォークを手に取り焼かれた肉を咀嚼する。なかなかな味だと満足したように食べるスピードを上げた。
一方、前に座っている小柄な男性はゆっくりと麺を啜っていた。レンは男性が食べ終わる時を見計らって、自分の食べるスピードを合わせる。
そして、男性が箸を、レンがナイフとフォークを置いたのは同時だった。
「盗んだ金で食った料理はウマイか?」
「は?」
そんな言葉をかけられ、男性は目の前の男を今初めて詳細に見た。この声、この服は……
男性はあからさまにゲッと声を出しそうになりながらも、顔をひくつかせながら笑顔を作る。
その姿があまりにも滑稽に見えて、ニヤリと笑みを浮かべるレン。
それを別の意味と捉えたのか、ガタッと勢い良く立ち上がり、会計を早々に済ませ男性は逃げようとした。
おわかりだろうか、その小柄な男性とは、昨日レンがスリに会いそうになった時に出くわした男性。つまり、レンの大事な金を盗もうとしたヤツだ。
おそらく向こうもそのことに気づき、通報されると勘違いさせて逃げ出したのだ。
「なぜ、逃げるんだ?」
「ひいっ……」
男性は上手くレンを撒いたと思い歩調を緩めた瞬間、先回りしていたレンの腕が男性の腕を捕らえ、路地へと引っ張る。
そんなレンを睨む男性。
行き止まりのところまで引っ張ると、男性を押し、壁と自分との間にいさせる。つまり、袋の中のネズミ状態だ。
「で、ウマかったか?」
「お、お陰さまで……」
「ほう。それは良かったな」
「お、俺をどうするつもりだ?」
「このまま身柄を渡してやっても良いが、まだガキだからな……」
「す、すみません……本当にお金に困っていて……」
「そのようだな、さて、どうしたものか……」
レンが真剣に考えていると、突然、その男性はほくそ笑んだ。
「やり手だと思っていたが、意外とそうでもねぇな」
「は?「いただき!」
「あ、おい待てコラ!」
「俺はガキなんかじゃねぇ!これでも立派な成人だ!じゃあな!ありがたく受け取っておくぜ!」
「くそっ……油断した」
レンの意識が別のところに向けられたのを見計らい、男性はレンの身体に体当たりした。
レンは不意討ちだったため、抵抗できずによろける。しかし、さっきの会計時に金の有りかを見られてしまっていたらしく、あっさりと盗られてしまった。
男性は先ほどとはうって代わり、低い声を出していた。どうやら演技だったらしい。
まんまとしてやられたレン。男性の跡を追おうとしたが、ここが路地裏だったことに思い当たり諦めた。おそらく相手の方が道を熟知しているだろう。
レンは顔に手をあて、あー……と呟く。いっきに一文無しになってしまった。報酬はまだ手に入りそうにないにも関わらずに。
(俺の読みが当たっていれば、おそらくアイツは賭け事に使うはずだ。金が欲しいのなら、尚更……)
そう思い当たり、路地から抜けうろうろと観光地を回る。しかし、観光物には目もくれずに店ばかりを回る。
夜な夜な賭け事をしていそうな店を探す。基本賭け事は禁止されているため、滅多な店ではやっていない。
ブランチ側はその賭け事の警戒に当たっていたが、それどころではなくなってしまい、疎かになっていた。
そのため、規制が緩くなっているのが現状である。
だいたいの目星を付け終えた頃には、すっかり夕暮れ時になっていた。子供連れの家族が目の前を通る。
(あー、めんどくせぇ。だが、やられっぱなしは趣味じゃねぇからな……)
レンは闘志を燃やしながら、ある居酒屋の中へと入って行く。やり返しに行くにも肝心な物が無くなっているため、調達をしに来たのだ。
案の定、報酬はまだだったが、力を貸してくれた。
……ついでにとっちめて来い!と依頼されたが。