星空の四重奏【完】



あのあと、なぜか記憶はすぐに戻りマークは忘れているらしかった。もちろん、俺もあのときの記憶はなかった。

しかし、今、思い出した。少しだけ、昔の俺がわかった。俺は確かに以前にもマークにあっていた。同じ呼び名を与えたから、マークはマークと呼ばれたときに驚いた顔をしていたんだな。


しかし、あいつが現れた。マークの闇の部分である、あいつが。あいつが現れてから、俺の周りは理不尽な時を奏で始めた。

俺の親がぎくしゃくし始めたのが、その前兆だったのかもしれない。


そうだ……俺はどこかの貴族の分家だったはずだ。投資家の父親を持ち、それが成功して生計は成り立っていた。だが、だんだんと勢いはなくなっていき……借金が増えた。

そして、母親との仲も悪くなり父親は自暴自棄の毎日。酒に溺れては家では暴れだす始末。しばしば母親にも手をあげるようになった。


……ああ、だからか。両親の名前も顔すらも思い出せない。それは……俺はずっと部屋に閉じ込められていたからか。母親はせめて俺だけは父親の目に入らないように護っていたんだな。

暴力を受けるかもしれないから……

俺は軟禁状態のまま、少しずつ成長した。影の世界へは行っていたが、あの部屋に帰らない、という選択肢を持ち合わせてはいなかった。

それほど、俺は素直だったんだな。純粋無垢な心を持っていたんだ。


しかし、俺にとっては平和だった日常が、あっという間に崩れた。あの日を境に……



いつもと変わらない朝を迎え、静かに読書をしていると……焦げ臭いような匂いが鼻をさした。

そして、だんだんと息苦しくなり、外の様子が気になった。部屋の外では何が起こっているのか……両親はどうしているのか……と。

そして、じっとドアを眺めていると、ふいに鍵が開かれドアの向こうから母親が現れた。


その慌てぶりに訝しげに問うと、父親が飲んでいた酒が煙草の火に引火したという。

俺は驚いたが、動かずにいるといきなり腕を引っ張られ屋敷の外に追い出された。その間、屋敷の中は黒い煙が充満し、あちらこちらからは熱を放つ炎がちらちらと見えた。炎は収まりそうになかった。

なぜなら、それを消す使用人は誰一人としていなかったからだ。皆クビにされたのだろう。借金まみれのこの家なんかに、雇える余裕などなかった。


途中、男の叫び声が響いているところがあった。俺は直感的に悟った。

……父親が、燃えているのだ、と。

しかし、母親は無視してそこを通り過ぎ幼い俺を外に放り出した。着の身着のままに……


そして、逃げて!と、生きて!と言い捨てて屋敷の中に引き返して行った。最期に俺をぎゅっと抱き締めて……


そして俺は言いつけられた通り、燃え盛る屋敷を背にふらふらと歩き出した。空は曇っていて陰鬱とした俺の心を反映しているかのようだったのを、今でも思い出せる。

さ迷い続けているうちに、いつの間にか影の世界に迷い混み……そして、なぜかゲルベルの森にたどり着いた。


そのとき、囁くような声が耳に響いた。



『やっと、俺のものとなる……』



その声でピタリと止まっていたときに、3度目の浄化が起きた。影が独り歩きをし、今にもどこかへと消えて行こうとしたとき、マスターが現れた。そして、マスターを操ったマークが呼び戻してくれた。



俺の忘れたかった絶望的な過去は……







親に恵まれなかった自分の運命への悲壮感と、何もできなかった自分への諦め。

すべては、今まで息を潜めていた自分の負の感情が爆発したことが原因だったんだ───



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