星空の四重奏【完】
「……レンさんは歴とした貴族だったんですね」
「そうだ。あいつはもともと優しいやつだったな。昔はもっと負けん気が強かったが、今では紳士的になっている」
「そうですね。包容力がある人だと思います」
「……」
ロイとマーズが冷静に話し合っているが、シーナは話す気にもならなかった。震えた身体が止まらない。
特に、父親の断末魔の叫びを聞いた、というところから酷い。小刻みに腕が痙攣しているため、両腕で抱き締める。
(レンさんは、幼いときに絶望を味わったんだ)
何もわからずに燃え盛る我が家を背にして歩いていたとき、レンは何を思っていたのか。
何も思っていなかったのかもしれない。はたまた、他人に情を寄せることをしたくなくなったのかもしれない。
だから、マスターの奥さんに言ったのだろうか。
『……俺は群れるのは嫌いだ』
群れるということは、他人を信頼し共に歩むということ。その覚悟を、彼にはできなかったのかもしれない。
信頼の裏には、裏切りがある。紙一重の存在。
以前は優しかったであろう父親。軟禁するしか方法のなかった母親。追い出された支配人たち。
すぐ隣に、誰もいなかった。頼れる人がいなかった。でも、帰る場所はあの部屋しかなかったし、ましてや逃げようとは微塵も思わなかった。
それが当たり前。それが現実。彼の心はある一定のテンポしか刻めなくなっていく。
淡々と刻まれる旋律。変化を求めない独奏(ソロ)。誰かが音を奏でれば独奏は二重奏(デュエット)になる。
さらに三重奏(トリオ)になり、四重奏(カルテット)となり、合唱(コーラス)へと発展する。
彼は独奏よりも合唱の方が心地よいことを知った。しかし、何も知らずにただソロをしていたときのことを思い出した虚無感。
その虚無感で、自分の将来のことを考えたくなくなった。
シーナはその独奏のときのことは覚えていない。気づいたときには団長がそばにいた。ヴィーナスが会いに来てくれた。
優しい人に出逢えたから、今の優しい彼女がいる。
彼も、心の広いマスターと出逢えたから、今の彼がいた。そんな彼は誰かを必要としている。自分を受け止めてくれる、ずっとそばにいて、自分の生きる意味を与えてくれる誰かを。
(その誰かに、私はなりたい)
レンはひとりではないと、明日は楽しいのだと声を大にして教えてあげたい。
そして、自分がいるのだと……例え妹という立場でもいい。どんな立場ででもいいから、彼の隣にいたい。
(今度は私が外へと導いてあげるんだ)
踊り子の世界の外を見せてくれたレン。彼に別の世界を見せてあげたい。今度は自分が包み込んであげたい。
彼の支えに、道標になりたい。
シーナの想いは膨れ上がる。
(そんなの……レンさんらしくないもん。過去は過去。今は今。例え記憶に残っていたとしても、愛情の意味を知ってるはず。生きる意味だって、それに含まれてる)
先程の負のマーキュリーの言葉に反論するかのように、シーナは熱い想いをその胸に灯した。