星空の四重奏【完】
「あー、ちくしょ。そろそろ時間だわ。ダルいったりゃありゃしない」
いきなりマーズが額を押さえながら呻いた。その直後によろけ始めたため慌ててロイが支える。
その顔はだんだんと蒼白になっていった。
「ありがとう……こうやってのりうつってるのも楽じゃないのよ。それなりに体力を消耗するわ。それはギルシードの身体も同じ。あたしもつらい。だからこんなこと滅多にするもんじゃないんだけど……」
「マーズさん、大丈夫ですか?お顔の色が……」
シーナはその尋常じゃない顔色の悪さに寒気がした。まるで死んだように影がさしている。
マーズは少しだけ口角を上げて安心させるように掠れた声で答えた。
「平気よ……ギルシード自体はぴんぴんしてるんだから。疲れるのはあたしとこの身体だけ。
ああ……そうね。これから重要なことを伝えるから忘れないで」
マーズはちらっとマーキュリーを見ると、返事をした。しかし、口を動かすのがやっとなのか目を閉じてしまう。
「いい?……3日よ。3日でできるだけ適応者を集めなさい。その3日間にすべてがかかっているわ……」
「3日、ですね」
「ええ……3日後、戦闘を開始するわ。適応者を集めるっていうことは、宣戦布告と同じ。『奴等』もきっと応じるはず」
「わかりました」
「……もう、ダメ」
その言葉と同時にグタッとギルシードの身体から力が抜けた。ロイはさらに強く腕で支える。今にも床に崩れ落ちてしまいそうだった。
マーズが去ってからサターン以外の神類は消えて行った。ロイは呼ばれたようにサターンを見やると、軽く頷く。
そして、サターンも同様にふっと消えて行った。それと同時に身体の違和感も消える。どうやら現の世界に戻ってきたようだ。
「……うっ」
今まで黙っていたグレンがか細い声を発した。ルカンも長いため息を吐く。
「はあ~。寿命が縮まったかと思ったわよ。衝撃的っていうか、なんというか」
「上手く言葉にできないけど、たいへんなことになっているのはわかったかな」
お互いの顔を見ながら感想を述べる2人。
ロイはギルシードの身体を抱えながらシーナのベッドに近寄る。シーナは察したのかそこを退いた。
シーナも手伝ってその身体を横たえさせる。
「筋肉痛の人にこんな力仕事をさせるのは慎んでほしいです」
ロイは右腕を揉みながら愚痴を溢した。寝ている身体にシーナは布団をかける。
そんな周りの様子を他所に、ギルシードは呑気に寝息をたてていた。
ロイはそれに気分を害したのかその頬をぐにっと摘まむ。
「寝ている場合ですかギルさん。いびきでもかいたらその無防備なお腹に肘鉄くらわせますよ」
シーナはそれを聞いてぎょっとした。何かの冗談かと思い彼の表情を見るが、本人は真面目な表情をしていた。眼鏡の奥の黒い瞳からは真剣な眼差しが窺える。
彼は言葉とは裏腹に何か別のことを考えているようだった。
「あの……サターンさんから何を聞いたんですか?」
「……え?ああ、はい。計画ですよ。念を押されるように何度も。
どうやって『奴等』を倒すのかの作戦のことです」
「「作戦?」」
シーナが何気なく聞いた問いに答えたロイ。それに今まで見つめあっていたルカンとグレンが反応する。どうやら忘れているらしい。或いはちゃんと聞いていなかったか。
3人を見据えてロイは説明した。
「まず、『奴等』をこの地に誘き寄せるんです。ここは山脈に囲まれていますし、一般人への被害も少ない。それに適応者も多い。だからここが最適の場だと考えたようです。気温や気候はこの際我慢するしかありません。
そして、そこを一網打尽にする。方法はまた教えるそうですが、封印するそうですよ」
「封印?そんなことできんの?」
「詳しくは知りませんが、そのためには力の強い適応者が必要だそうです。彼らが望んでいるのは、僕と、ギルさんと、シーナさん……そして、レンさんです」
「レン?!今あいつは敵じゃないの」
「はい。ですが、なんとしてでも取り返さないといけません。あの身体の中には端くれでも神類がいます。その封印というのは、神類だけを封印するものなんですが、反応してレンさんも巻き添えをくらいかねません。
だから、救うのが先決なんです」
「そのためには、私がなるべく早くレンさんを助けないといけないんですね」
シーナの呟きにロイが軽く頷く。
「はい。時間がかかればかかるほど、犠牲者は増えます。レンさんがいないと封印は完成しません。彼の代わりがどこにもいないぐらい、彼の力は強いそうです。そして、彼に次ぐのは……シーナさんです」
「私、ですか……」
「だから、本当はシーナさんを失ってはだめなんです。しかし、そうもいかない。シーナさんにしかレンさんは救えないそうなので、なんとしてでも彼女を死守しなければいけません」
「まさに捨て身ってことね。けどそれほどやる価値はあるんだわ」
「ええ。だから、シーナさんにすべてがかかっているんです。どこから『奴等』が虎視眈々とシーナさんを狙っているのかわかりませんから、いつでも油断は禁物です。
……聞いてますかギルさん。寝ている場合じゃありませんよ」
ロイは視線をギルシードに落とすと、摘まんでいる頬を引っ張った。しかし彼は起きる気配なし。
それを良いことにロイは彼の頬をつねる。
それでもぴくりともしない。
「起きてくださいよ。早速、適応者集めに奮闘しないといけないんですから」
ロイは言葉の最後に合わせて頬を引っ張って手を離した。そこは見事に赤くなっている。
端から見れば、はたかれたように見えなくもない。
シーナは痛そう……と思いながら眠っているギルシードを眺めた。
(ああ、憂鬱……)
ロイはまた本部と連絡を取らないといけないことにげんなりとしていた。
上層部の人間は非常に頭がかたく重圧的だ。ただでさえ父親と同世代ぐらいの男性が苦手な彼にとって、それは堪えがたいものだった。
つまり、男の大人というのは何を考えているのかさっぱりわからないのである。