星空の四重奏【完】



ある平々凡々な家族にいたいけな男の子が産まれました。

……んだよ、文句あるか?いたいけで問題あるかよ。



兄弟?いねーな。一人っ子だ。家は農家。街の名前は秘密だ。言ったところで信じちゃもらえねぇだろーし。


父親も母親も毎日生き物とにらめっこ。どっちも生物好きでな。俺の面倒なんかほったらかしだったな。でもさすがいたいけな俺。ひとりで遊んでたぞ。

農家っつっても、肥料を得るために動物も飼ってた。鶏だろー、牛だろー、馬だろー、豚だろー、羊だろー……あげたらキリねーや。

ああ、バイトもいたぞ。男ばっかだったけどな。女はひとりだけいた。そいつは俺の相手もしてくれてたなー。けどすぐ結婚していなくなってな。だから俺の遊び相手は動物だった。


どんな遊びかって?鶏追いかけたり、羊の毛引っ張ったりだな。俗に言う悪戯ばっかしてた。親には怒られたことあるが、鶏は鶏でいい運動になるから、程度を覚えりゃ叱られなくなったぜ。

その点では、俺は学習する子供だったんだな。周りをよく見て自分が悪い立場にならないように気を配ってた。


生計?破産するほど儲かってなかったわけじゃねーぜ。至って普通。自給自足に近かったからそこまで窮屈な生活はしてなかった。

まあ、動物に病気が流行って全滅したときはさすがに空気が重かったぜ。


それは俺の歳が一桁だったときの話だな。自由気ままなのびのび生活を送ってたぜ。充実した毎日。不満はなんもなかった。



んで、俺が盗賊になろうと思ったきっかけ?



そんなもん簡単さ。俺の家にある日、盗賊が忍び込んで来たっつーだけだ。



夏のあっつい日だったね。いつも通り外で遊んでから……そーだよ悪戯だよ。口挟むな。

あんまり暑くって家に早々に帰った。大人は皆出払ってた。雑草が酷いっつってた気がする。


そんで、家の地下に行って涼んでたんだ。そこは倉庫でな。卵とか野菜とかの保存場所になってた。

そこには金こそはなかったが、価値のある商品がたくさんあった。俺の家の特産品は結構評判でな。たちまち完売。何回か市場についてったが、朝一番に待ってる常連があとをたたなかった。

でもよ、骨折り損だと思わね?費やした歳月の何百倍も早く売れちまうんだぜ?そんな暖簾に腕押しみたいな仕事、俺は端からやろうとは思ってなかった。ましてや後継者になろうとか考えてなかったぜ。



……まあ、盗もうと考えたやつがいたんだな。そんなの、盗んだって味でわかっちまうのによ。売るとしたらな。



俺が汗ばんだ服をぱたぱたさせて帽子で顔を扇いでるとな、いきなりかけといた鍵が開いたんだ。倉庫だったから、鍵をかけるのは当たり前だった。例え中で涼むだけでも。

大人の誰かが来たなーって気にも止めなかったんだが、入ってきた見知らぬ男に俺はぎょっとした。


誰だこの兄ちゃん?みたいな。そう、若い男だったんだ。人当たりのよさそうな、ハンサムなイケメン。

俺はその外見から盗賊だとは思わなかった。




「きみは?」



兄ちゃんに怪訝そうに聞かれた。声も優しいテノールでさらに不信感はなくなった。



「俺はギルシード。ここの子供さ」

「へえ。なんでここにいるの?」

「外が暑すぎて堪えらんなくなったから。ここが一番涼しい。腹が減ればここの食いもん漁るし」



俺はそう言ってリンゴを手に取った。目の前でかじってみせる。兄ちゃんはそれを唾をごくりと飲み込んで見つめていた。

その目が必死だったから、俺は手に持ってたリンゴを目の前に差し出した。

兄ちゃんはパッとその目を輝かせた。




「くれるのか?」

「目がそう言ってるから」

「ありがとう!」




兄ちゃんはお礼を言うと、恐る恐る俺の手からリンゴを受け取って思いっきりかじりついた。顎から果汁が滴ってるのも気にせずな。

兄ちゃんは俺の存在を忘れてあっという間に食べ尽くしてしまった。




「腹減ってるのか?」

「……え?え、あ、ああ。3日ぐらい何も口にしてなかったかな」

「3日?!俺だったら死ぬ」

「僕も死ぬかと思ったよ。でもこの家を見つけて、食べ物とか金になるものがありそうだったから立ち寄ったんだ」

「……ふーん。よし、好きなだけ食いもん持ってけよ。果物あるし、芋もあるぜ」

「いいの?親に怒られない?」

「うん。その代わり何か教えてよ。面白いこと」

「わかった」




兄ちゃんはリンゴ、みかん、じゃがいも、さつまいも、とうもろこし……日保ちするものを一通り選んでリュックに入れてった。

俺はそれを黙って見つめていた。新しいリンゴをかじりながら。そんとき俺は、兄ちゃんの言葉の中に不信な内容があったのに気づかなかった。



兄ちゃんは満足したのか、リュックをパンパンにさせてよっこいしょと背負った。リンゴの形がありありとわかるほど膨れてた。



「あ、そうだ。鍵の開け方を教えてあげるよ」



兄ちゃんは満面の笑みで振り返りながら俺にそう言い放った。



「今さらだけど、僕は盗賊なんだ」

「兄ちゃんが?全然見えない」

「盗賊になって日が浅いしね。だから路頭に迷ってたところにきみがいた。本当に感謝してるよ。幻滅した?」



兄ちゃんは笑いながら言った。笑いながら幻滅した?と聞かれても、当時の俺にはなんも感じなかった。

だってよ、どう見ても盗賊に見えなかったんだ。なんでそんなことしてんだ?って疑問しかなかった。



「まあ、いいや。とにかく感謝してるよ。お礼に鍵の開け方教えてあげる。これには練習が必要だから、ものにしたかったら毎日練習してね」



はい、と渡されたのは一本の針金。それを受け取ったときに、俺の運命は決まった。


俺と兄ちゃんはいったん倉庫の外に出た。

俺は南京錠をちゃんと鍵で閉めた。

それを兄ちゃんはいとも簡単に針金で開けた。俺はそれが純粋に凄いと思ったよ。悪いことだとはこれっぽっちも思ってなかった。



俺も何回か練習した。コツとかを教えてもらいやがら、やっと開けることができた。



「やったよ兄ちゃん!」



と、チカチカし始めた目を瞬かせて振り向いた。けど、誰もそこにはいなかった。

兄ちゃんはいつの間にか消えていた。俺は首を傾げた。

物音をたてずに消えた兄ちゃん。俺はさらにそんな気障な兄ちゃんに憧れた。そして、こんなことができる盗賊にも憧れた。




それから毎日、飽きもせずに解錠を練習した。南京錠は序の口、それから難易度を上げてついには金庫の鍵も開けてしまった。

それでな、そんとき俺に転機が訪れた。ちょうどその行程を親に見られたんだ。


おまえはお金に目が眩んだのか!って殴られた。殴られたのは初めてだったから、俺は混乱した。

解錠がそんなに悪いことだとは感じていなかった。逆にできるやつは凄いって思ってた。


俺はそれから何度か家族会議が開かれた後、勘当された。父親はご立腹。母親は泣いて俺に謝った。


こんな子供に育ててごめんね……と。


俺はそれを聞いて、なんだか変な気分だった。散々ほったらかされた俺。何を今さら謝る?謝ったところで俺は変わるのか?

いまいち俺はわからなかった。怒られる理由も。謝られる理由も。俺はただひたすらできるようになりたかったから頑張っただけだ。何も悪いことなんてしてない。やりたかったからやったんだ。



だっておかしいだろ?あんたら農家だって生き物を狩ってるじゃないか。雑草だって、卵だって。

雑草は摘まれるために生えるんじゃない。卵だって割られるためにあるんじゃない。それぞれに理由があってこの世に現れる。


俺が鍵を使わずに解錠するのがそんなに悪いことか?


それぞれにちゃんとした理由があるんだ。雑草は何も悪くない。生きたいから栄養満点な畑に生える。それを邪魔だからって引っこ抜く。

卵だってありゃ無精卵だろ?卵は雛がかえるためのゆりかごなのに、その雛は形成されない。でも人間は平気で鶏に毎日機械的に産ませる。本能を利用してる。


俺だって、凄いと思ったから解錠しただけだ。金のためにあの鍵を開けたんじゃないのに……
それを悪いと言われた。俺はそれが理解できなかった。


世界には不条理が多い。


俺はそんなことを感じて、家を出た。そして、手先が器用なのも手伝って晴れて盗賊になった。盗賊の何が悪い?盗賊だからってひとくくりにされたくない。

俺は金持ちのところをわざわざ狙って盗んだ。貧乏なところは狙ったことねーよ。



……ああ?レンのをなぜ盗もうとしたかって?あんときはたまたま本当に金欠で死にそうだったからな。食事一回分しか持ち合わせていなかった。レンだったのは、たまたまだ、たまたま。



まあ、そんなこんなで勘当されて家を出たのが18歳ぐらいか?もう成人だったから勘当されたのかもしれないが。

だからな、盗賊ってゆー名前だけで判断されたかねぇんだよ。俺は悪いと思ってたなかったんだから。まあ、最近は悪かったかもしんねーとは思ってるけどよ。



これが俺の人生さ。どうだ?なんか得になることはあったか?





< 98 / 122 >

この作品をシェア

pagetop